「日本の100均クオリティがすごい!」という話をよく聞きます。
確かに、食器や調理道具なんかは、ほとんど100均で揃う時代。日本ならではの商品も多く、いまや訪日外国人の間では超人気のお土産スポットになっているそうです。
ただその裏で、どんなことが起きているのでしょうか?
「昭和初期には30軒あったこのあたりの工房も、今は5軒にまで減ってしまったんです」
そう語るのは、京都の伝統工芸「金網つじ」の二代目、辻徹(つじ とおる)さん。
京金網の歴史をたどると、平安時代より寺社仏閣の祭事で使われる道具だった時代から、京料理をささえる調理道具として愛されてきた京金網。
しかし、時代の流れと共に量産品にシェアを奪われ、多くの工房が建築関連のフェンスをつくる金網メーカーへ切り替えていったそうです。
しかし!
徹さんが「金網つじ」を継いでから、売上げは急成長。しかも、取引先は以前より減らしているのです。
パン焼き網やランプシェードなど、従来の京金網にはなかった新商品を生み出し、そのカッティングエッジな姿勢は国内外のファッション誌などでも取り上げられ、パリをはじめ欧州各国でも目の肥えた方々から愛され……と、あらたな世界を切り開いてきました。
といった具合に、Made in Japan.ブランドを背負って海外進出する様子は順風満帆に見えますが、徹さん曰く……
「まだまだ、超えてへん!」
野心たっぷりな表情で語る徹さん。
実は昔から家業を継いでいた…というわけではなく、HIPHOP系のアパレル店で働いていた10代。
そしてジャマイカ出身のレゲエシンガー、ジミー・クリフの歌に出会い、ジャマイカで自分のやりたいことを探していた……という20代。
一ヶ月間のジャマイカ滞在を経て、21歳から「商売がやりたい!」と家業を継ぐ決意を固め、お父様から技術を受け継ぎ、今年で14年目。今は二児のパパでもありながら、京金網の世界に新風を吹かせ続けています。
THE BAKE MAGAZINE編集部の名和が、京都・東山の一念坂にある直営店に取材に伺いました。
職人さんの工房のような場所を想像していたのですが、まるでアパレルのセレクトショップのような雰囲気ですね。このお店はいつからオープンされたんでしょうか?
徹:2005年にオープンして、今は13年目ですね。こうやって直営店をやってる工房は珍しいんですよ。
他の工房は、問屋さんへの卸がメイン、ということでしょうか?
徹:そうです。うちも、昔はほとんど問屋さんに売っていました。ただそうすると、技術があって、手間暇かけて一生懸命いいものをつくっても、安く買われてしまうんですよ。
だからうちは、この直営店をオープンしてから、問屋さんとのお付き合いも以前の3割に減らしました。
かなり思い切った方向転換ですよね。
徹:正直、最初は不安もありました。でも結局は、そこから軌道に乗ってきて。
そもそも僕は職人の家に生まれましたが、子供時代、シャレにならんくらい貧乏で、それがめっちゃ嫌やったんです。「昔ながらの職人のあるべき姿や」と言う人もおるけど、僕はそんなん、納得できませんでした。
そんな過去があったんですね。でも、ここ数年、伝統工芸がブームになっていますし、人気に比例して売り上げも増えていくのでは……?
徹:伝統工芸ブームというより、そもそも自分たちの生活にあったものを選ぶ志向が高まっているんだと思います。日本食文化にあう器や料理道具が理にかなっていたんでしょう。
とはいえ、大量生産品に押されて、調理道具がどんどん厳しくなっているのも事実。他の京金網の工房は、ほとんどが建築関連のフェンスをつくる金網メーカーへ切り替えていってしまったんです。
そんな厳しい状況のなか、勇気を持って経営を方向転換することで、道が拓けていったんですね。
徹:というよりも、今までの人生「嫌や!」と思うことは変えないと気が済まないし、変えてきただけです。 「金網つじ」に入ってから最初の3年は修行の日々で辛かったんやけど、28歳頃から海外にも行って、直営店もやって。色々と状況も変わってきました。
徹さんの活躍で、売上も伸びていって、お父様も頼もしいのでは?
徹:そう思うでしょ? やっぱり職人の世界では師匠ですから、たまに厳しく言われたりもしますよ。それに、いつまで経っても、親にとって子どもは子どもなんですよね(笑)。
親子ならではの厳しさ!
徹:そうですね。でもね、ある時、音楽・エンタメ業界で活躍されてきた尊敬する大先輩が「お前は特別や」と言ってくれたんです。
特別、というのは?
徹:「伝統工芸の仕事で、誰もが雑誌やテレビに出られるわけじゃない」と。 言われてみれば、自分のつくるものを見てもらえるって、すごい状況な訳で。 金網つじの仕事で、僕にしかできないことがあって、この仕事でしか伝えられないことがある。批判されることもありますが、僕がどんどんボーダーを超えていって、他業種の方やクリエイターともコラボしたりして、多様な職人の姿を見てくれたらええな、と思ってます。
そのエネルギーはどこからやってくるのでしょう?
徹:伝統工芸を継いでいる僕らは、退路を断ってやっています。それ相応の気合が入ってなかったら、金網つじや、他の伝統工芸の仕事はできません。
徹:根性論のつもりはないけど、「僕らしかできないことがある」という精神的なところは強く持って、毎日仕事しないとね。
別に伝統工芸じゃなくても、各々が自分の仕事を通して、社会をええ方向に変えていったらええなと思うんです。
「自分にしかできないこと」を信じぬけるか。それが、徹さんにとっては、京金網や、伝統工芸の世界だったんですね。
徹:そうですね。僕はこれから伝統工芸を、子どもたちが憧れるような存在にしたい。「金網つじ」でもっと超えていきたいんです。
でも、沢山メディアにも出られて、名だたるブランドからもオファーが来て……これ以上「超えていく」ために必要なことは、一体何なのでしょう。
徹:自分への戒めも込めて言うけど、自信を持てるものづくりをするしかないですよ。
調子いいときもあれば、辛い時期もあるでしょう。それでも歯を食いしばって金網を編んで、金網つじの仕事で子どもをふたり育てて、家族を養っていくんですから、がんばらんと。
京金網という伝統工芸は、京料理を提供する料亭の料理道具としての歴史がありますが、「金網つじ」では、その領域から飛び出たものづくりをされているじゃないですか。
徹:はい。僕は、リアリティあるものを作りたいんです。 職人は「We(わたし達)」、アーティストは「I(わたし)」だとよく言っていて。
どういうことでしょう?
徹:職人は、道具をお客様に使ってもらってなんぼ。道具で自己表現をするわけではありません。 だから、どうやったらお客様がもっと使ってもらえるか、喜んでもらえるのか。 お客様が「これが欲しい!」と言ってくれるなら、料亭の料理道具にこだわる必要なんてありません。
ランプシェードやパン焼き網を作られたとき、周囲の反応はどうでしたか?
徹:いろいろ言われましたよ!「金網つじさん、インテリアなんかつくってはるわ」と言われたりね(笑)。 でも、僕らプレイヤーにとってはびっくりすることじゃない、むしろ当たり前。この道でやりきるんやと決めたら、自分のこと信じてあげないと。
もちろん、今まで見たことないモノを作るのは、リスクがある。つくる職人に不安がないわけじゃないです。
でも、現代の生活で使えるモノだからからこそ、未来に残るんです。「あれ、よかったよね」と言われるものには、長期間の使用に耐える品質や、使い勝手のよさがあることはもちろん、当時の生活様式にあっていてちゃんと使われいたことが何より大事でしょう。
これまで受け継がれてきた技術も、現代で使われるモノをつくることで残るんですね。
徹:そうそう。リスクはあれど、仕事をアップデートしていかないと、おもんないですよ!
ほんと、そうですね。徹さんは「おもろい」「つくりたい」という素直な気持ちを大切にされていますよね。
徹:職人は機械じゃない。だから、自分の”つくりたい”という気持ちをすごく大事にしてますね。 昔の職人のイメージは、工房にこもっているイメージが強いかもしれませんが、今の職人はもっと外に出て、いろんなもの見ていったらええと思うんです。
実際に海外に出られることも多いですが、その上で、日本や京都の伝統工芸はどのよう感じますか?
徹:以前フランスで、とあるファッションブランドの工房を見学させてもらったんですね。職人みんなが「いい仕事をしている顔」をしてるんです。 そのブランドのように、日本にも伝統工芸の未来はあると思うし、僕はもっと職人をかっこいい存在にしたい。まだまだ僕の頭のなかにあって、形にできてへんけど。
徹:最近ではインテリア業界から転身した子がいたり(工房内写真3枚目)、九州から18歳の子が弟子入りの連絡くれたりと、ちょっとずつ流れも変わってきたことを感じています。
伝統工芸の未来を担う人たちが、金網つじに集まってきているのですね。
徹:そうだといいですね。京都で活動してる伝統工芸の後継者たちからも、「辻さんとこすごいやん」と言われて、確かにありがたい状況やな、と気づかされたりします。
今回、プレスバターサンド京都駅店のオープンにあわせて、オーダーメイドでバターサンド専用のカゴを作ってくださいましたよね。
徹:はい、最初はBAKEの中村さんがプライベートで京都旅行に来てはって……話がめっちゃ盛り上がって、そこから作らせてもらうことに。
僕は名前だけのコラボレーションはやりたくないんです。でも、お菓子と京金網って、おもろいことが出来そうやな、って。
お菓子屋さんからのオーダー、というのも珍しいですよね。
徹:お菓子屋さんからの注文は多いんやけど、洋菓子は珍しいね。それに、オーダーメイドで、「バターサンド専用のかご皿」なんて、初めてですね。
いろいろ新しいことやってる、みたいな話になってしまいましたけど、根本では親父がやってたこととなんら変わってないんやと思います。
親父が料理人の細かなオーダーに応えてやってきたことを、僕はBAKEさんや、あたらしい分野の方とやってる。
相手のつくりたいモノ、理想に応えて、いい仕事をする。技術で答えて、形にしていく。
そこはずっと変わらへんけど、僕なりに突き抜けていきたいですね。
どんな仕事でも矢面にたつ「プレイヤー」には、お客さまの反応が気になるものです。新商品は売れるだろうか、お客さまに喜んでもらえるだろうか……。
でもそんな不安を感じさせない、辻徹さん。取材中、何度も「この人はなんて強いんだ」と思わされました。
徹さんは、家業である「金網つじ」、ひいては京金網という産業の未来を担う存在。 体力、精神力ともに、タフでなければ務まらない役割です。「まだまだ超えてへん」と言い放った辻さんからは、プレイヤーとしての不安を超える、ハングリー精神をヒリヒリと感じるほど。
そうしたパワフルな存在感を放つ辻徹さんですが、最後に「これはご縁、ありがたいことです。」とやわらかに語ったのが印象的でした。
未来に残るものづくりには、尖ったハングリー精神に、計り知れない力に身を委る、許容のバランスが鍵になるのかもしれません。
【教えてくれた人】 「金網つじ」2代目 辻 徹(つじ とおる)さん 京都の伝統工芸「京金網」を継ぎ、大手メーカーや国内外のブランド・クリエイターとのコラボレーションのほか、京都の伝統工芸の後継者6人によるプロジェクト「GO ON(ゴオン)」の一人としても、国際的に活躍されています。 高台寺の直営店やオンラインショップに取り組む。職人と経営者の両輪で、未来に残る伝統工芸の姿を体現されている。 金網つじ公式サイト http://www.kanaamitsuji.com/ Instagram @kanaamitsuji
執筆・写真:名和実咲 編集:塩谷舞
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