2018.03.27

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研究者はもっと「創造」すべきーヒト型ロボット「まほろ」が変える研究の未来

研究者はもっと「創造」すべきーヒト型ロボット「まほろ」が変える研究の未来

2018.03.27

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「研究者です」と言うと、専門外の方からは「さぞかし日々難しい研究をしていることだろう」と捉えられたりもするようだ。

しかし実際のところ、繰り返す単純作業に多くの時間を奪われてしまう……ということはあまりにも多い。

生物や化学系の研究者に限って言えば、その研究生活の8〜9割ぐらいは、地道な作業に追われているものである。

もちろん、研究者たちの地道な努力の積み重ねは、科学を発展させ、人々の生活を豊かにすることに貢献してきた。しかし、上述した通り、研究現場にはさまざまな問題点があり、研究者たちが十分に能力を発揮できていないことが指摘されている。

再現性の低い実験を何度も繰り返したり、膨大な実験操作に追われていがちなライフスタイルなどがその例だ。

研究者の手足となり、こうした問題を解決する可能性を秘めたロボットが、日本で誕生した。ヒト型実験ロボットの「まほろ」である。

まほろは、人と同じ実験中の操作を、人にはできない高い精度で行うことができる。まほろを研究現場に導入することで、研究の未来はどのように変わっていくのだろうか。

ミクロな実験は誤差が生じがち

では「まほろ」は、具体的にどのようなシーンで、研究者を助けてくれるのだろうか?

まずは、タンパク質の正体を調べる実験を例にとりながら、研究環境の実態を見てみよう。

食品中のタンパク質や、体の中のタンパク質など、今では多くのタンパク質の正体が明らかになっている。たとえば……

・肉のおいしさに関わるのは「アクチン」「ミオシン」というタンパク質
・卵アレルギーを引き起こすのは「オボムコイド」というタンパク質 などだ。

タンパク質の正体をつかむためには、そのタンパク質を見分ける必要がある。もちろん、肉の繊維のどこがアクチンなのか、卵の成分のどこがオボムコイドなのか、見た目で判断するのは難しい。

そこでそこでよく用いられるのが、「質量分析」という研究手法だ。

 質量分析とは、タンパク質を原子や分子の集まりとして考え、その種類や数を測定する方法だ。質量分析は食品業界に限らず、生命科学や医療の分野でも広く用いられている方法であるが、残念ながらスイッチひとつでポンとできるわけではない。

たとえば、ある細胞の中のタンパク質の質量分析をするとしよう。

細胞には様々な物質が含まれているので、まず第一に、ある程度いらない物質を取り除いたり、調べやすいように細かく分けたりして、タンパク質を調べやすい状態にする作業(サンプル調製作業)を行う必要がある。

なんと、この作業は50ステップにも及ぶ。

待ち時間も多いため、2〜3日かかることも少なくない。しかも、手順通りやってるつもりでも、うっかり1ステップ飛ばしてしまったり、人によって微妙にやり方に違いがあると、分析がうまくいかず、また最初からやり直し…ということもしばしばだ。

小さな物質を扱うためは、1ミリリットルの1/1000オーダーでの計量を人の手で何度も行う必要もあり、誤差も大きくなりがちである。どこかのステップで失敗すると、作業をもう一度最初からやり直さなくてはならない。

このように、1つのタンパク質の質量分析を行うことは、文字通り何度も日が暮れてしまうほどの大変な作業なのだ。

人と同じ実験操作ができるロボットが登場

こうした研究者たちの日々のストレスが、クリエイティブな発見を達成するための「邪魔者」になっているというのは、想像に難くないだろう。

近年、テクノロジーを使って、こうした研究者の無駄を減らし、実験効率をもっと良くしていこうする流れが生まれ始めている。

その1つの解決策が、ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社の開発した、ヒト型実験ロボットの「まほろ」だ。

ご覧の通り、まほろは人と同じく2本の腕を持っており、関節の曲がる方向(自由度)も人と同じである。

まほろは、人が使っている実験器具を使い、人が行うのと同じように実験操作を行うことができるロボットだ。

先ほど説明したタンパク質の質量分析の準備作業も、まほろであれば、失敗せず最後まで行うことができる。まほろによって、研究者が拘束される時間が減るだけでなく、実験の確実性を上げることができるのだ。

まほろには、「チューブをつかむ」「フタをあける」「まぜる」などの操作の動きがあらかじめプログラムされている。実験内容ごとに動きを組み合わせたり微調整を行ったりして、実験全体の動きを登録して、作業を行わせる。

まほろは、同じ作業を行わせれば、毎回必ず同じ動きになるため、人の手作業による誤差をなくすことがでできる。また、どの操作を完了したかのログも残るため、うっかり1つのステップをすっ飛ばすようなミスも起こらなくなる。

人にはできない高い精度で実験を行うことができるのは、まほろの大きな特徴だ。

実際にはこのように動く。ずっと見てると愛着を覚えてくるかもしれない。

https://www.youtube.com/watch?v=jDq6VDb07vE

ありそうでなかった、世界初のヒト型実験ロボット。このロボットは研究環境や業界全体での研究の発展にどのような変革をもたらすのだろうか。ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社の中の人にお伺いしてみた。

生物研究もクラウドの時代へ

お話を聞かせてくれたのは、ロボティック・バイオロジー・インスティテュート株式会社でPRを担当されている神田元紀さん。神田さん(以下、神田)は理化学研究所での研究員も務められており、研究現場についても熟知されている。

改めて、今の研究環境の問題点を教えていただけますか。

神田:バイオの研究は、1つの実験結果が得られるまでの道のりが長いです。1つ1つの操作に時間がかかりますし、作業量も多いです。それなのに、研究者個人の技術と経験で、実験操作の成功失敗が左右されてしまうこともよくあります。

同じプロトコル(手順)でやっても、人によっては再現が取れないようなことが起きると、余計に時間と労力がかかってしまいます。

私も生命科学出身かつ、再現性に恵まれなかったタイプなので(笑)、その苦労はよく分かります…。先輩はうまくできるのになぜか自分だと失敗する、みたいな。

神田:時間や労力が余分にかかるのも問題ですが、再現性が取れないのも科学の根幹に関わる大きな問題です。

「巨人の肩の上に乗る」という言葉がある通り、科学の理論は、誰がやっても再現できる客観的な方法で得られたデータの積み重ねで成り立っているのに、人によって結果が違うのでは、その前提そのものが崩れてしまいます。

そうした操作の不確実性は、間違った論文発表にも繋がってしまいますね。

神田:実験者の問題なのか、手順自体に不備があるのかを判断するのが難しくなっちゃいますからね。

でも、もしすべての実験を、同一のプログラムを搭載したロボットで行うことができれば、人間にはできない精度の高さと均一さで実験操作ができ、客観性の高い結果が出せるはずです。

そこで生まれたのが、まほろですか。

神田:そうです。まほろであれば、今述べたような問題を解決できます。また、24時間365日実験を行うことができるので、研究者の生活の負担も大幅に減らすこともできます。

実験内容によっては休日にも実験を行ったり、ラボに泊まることもあるので、それが改善されると楽になる研究者も多いでしょうね。

神田:まほろを数台並べて、ロボットだけで全てを行う空間を設計すれば、もうラボはいらなくなるかもしれません。

僕らは”クラウドバイオロジー”と呼んでいるのですが、スマホでまほろに実験操作を指定したり、結果を見たりすることができれば、研究者はラボにいく必要がなくなります。

手を動かしてなんぼだった生物研究者も、ついにリモートワークができるようになるんですか…!

神田:そうですね、子育てと研究の両立をしたい女性の研究者も働きやすくなると思いますよ。

研究者は実験操作に追われて、得られたデータを読み解いたり、よりよい実験計画を組んだりするなどの、考える作業に時間を十分に使えていなかったのも問題の1つです。

まほろによって時間に余裕ができるようになれば、研究者が持っているアイデアや思考力を活かせるようになり、研究がより生産的になると考えています。

こうしたクラウドバイオロジーの考えはいつごろから生まれてきたのでしょうか。

神田:今までも同じような構想を持っていた人たちはいたようですが、表になり始めた大きなきっかけは、2013年に開催された分子生物学会で開催されたシンポジウムです。

2050年の研究環境を好き勝手妄想してしゃべるような内容だったのですが、そこで意気投合した人たちの間で、少しずつ形になってきました。

ラボの単位が曖昧になっていくことで、今まで研究所や大学単位で持っていたノウハウも、まほろにプログラムすることで共有されていくのでしょうか。

神田:ノウハウもそうですし、高額な実験機器を一箇所に集めることで、必要な人が効率よく使えるようになります。大学で高い実験機器を買っても、実際には大して使わないことがよくありますからね。

色々なしがらみもあるとは思いますが、こうしたオープンな構想に共感してくれる研究者が増えていくと良いと思っています。

ロボットと人が役割分担して価値を生む

こうした作業の自動化・クラウド化は、研究だけでなく料理の現場にも応用できそうですね。

神田:十分可能性はあると思います。ロボットにやらせることの真の意義は、人の代わりになるのではなく、そもそも人にはできない高い精度で作業ができるところにあるんです。加えて、個人差がなくなると、”プロトコル最適化”ができるようになります。

プロトコル最適化、とはなんでしょうか。

神田:実験のプロトコルは、今までこうやったらうまくいった、の経験則ベースで出来ていますよね。

でも、まほろであれば細かいパラメーターを正確に振ることができるので、人には見つけられなかった、より良いプロトコルを探すことができるのです。これがプロトコル最適化で、条件検討のような予備実験をするときにも役立ちます。

料理のレシピも、人の経験則によって決められてる部分が大きいでしょうから、同じようにレシピの最適化ができると思いますよ。まほろの場合は、将来的には画像解析や人工知能を搭載して、まほろ自身に判断させたいとも考えています。

たとえば、ゆで卵に塩を書けて食べるような単純な例で考えた場合、まほろのようなロボットがいれば、最適な卵の種類、卵の茹で時間、塩の量、などを、人間にはできない精度で細かく組み合わせて検証し、ベストなゆで卵with塩のバランスが見つけることもできるのでしょうか。

神田:そうですね(笑)料理も、人力では限界がある部分をまほろに手伝ってもらい、シェフはアイデアや構想を練ることに専念するようになると、実現できる料理の幅も広がっていくのではないでしょうか。

料理でも研究でも、ロボットは人にできないことをやってもらい、人は人にしかできないクリエイティブなことをやるというような役割分担が、発展に繋がっていくんですね。

神田:ロボットと人が役割分担することで、研究者やシェフが本来持っている能力を十分に発揮しながら、ビジョンを実現しやすくなると考えています。

神田さん、ありがとうございました!

文:大嶋絵理奈(Facebook
編集:塩谷舞(@ciotan

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