牛乳、バター、チーズなどの乳製品は、お菓子作りに欠かせない原材料。乳製品はスーパーで誰もが当たり前のように手に入れられる一方で、近頃では「乳製品の価格高騰」「バター不足」といったニュースが目立つようになりました。
こうしたニュースの背景には、牛乳作りを行う酪農の現場にある、さまざまな問題が関係しています。酪農の現場を改善し、良質な乳製品を安定して供給し続けるためにはどうしたらいいのでしょうか。
解決の鍵となるのは、ITを中心とするテクノロジーです。実はいま、酪農にテクノロジーを導入することで、酪農のあり方を変えていこうとする「スマート酪農」の流れが世界中で起きています。お菓子のおいしさを原材料から追求していきたいBAKEグループとしても、こうした動きは見逃せません。進化を遂げつつある、最先端の酪農の姿を見てみましょう!
マンパワーを使う伝統的なやり方で酪農を行う酪農家は、主に3つの悩みを抱えているようです。「ハードワークすぎる」「人が足りない」「コストがかかる」です。
近年の酪農は、高齢化と人手不足の問題を抱えているようです。また、酪農家の戸数自体が年々減っているようです。農林水産省の統計によれば、2005年から2015年までの10年間に、全国で約1万戸の酪農家が廃業したといいます。さらに、酪農家の数は減少しているのに、一戸あたりで抱えている牛の平均数が、10〜20頭ほど増えているといいます。人は減っているのに、負担は増えている状況なのです。
みなさんは、牛を育てる生活をイメージしたことはあるでしょうか。THE BAKE MAGAZINEの記事でも何度か牧場研修や訪問の記事で、体験談をご紹介してきました。ほんの数日でもかなりの体力仕事を実感しました。酪農家は365日休むことなく、乳搾り、牛舎の清掃、餌やり、餌用の穀物の栽培、牛の健康管理、牛の人工授精などをこなしています。もちろん牛は1匹ではありません。たくさんの牛の管理を適切に行うためには、太陽が昇るよりも早く起床し、1日の半分以上の時間を仕事に費やすこともしばしばだそうです。
どんなビジネスも同じですが、売り上げが高くてもコストがかかると、利益が減ってしまいます。酪農においてコストがかかるのは、実は牛の餌代。なんとコストの約半分を占めているといいます。牛は1日に、約30kgの餌を食べるので、相当な量が必要になりますね。また、海外から輸入する手段もありますが、為替の変動や価格高騰のリスクがあるといいます。
なかなか苦しい酪農業界ですが、最先端のスマート酪農では、こうした問題を一気に解決することができそうなのです!現在、スマート酪農を実現している、国内外の具体的な事例をご紹介します。
牛を一頭一頭まわって、体調に異変がないか様子を見て、記録する…といった作業は想像するだけでも大変です。人が行う限り、見落としや記録のミスなどが出てくることもあるでしょう。
しかし、今では、体温や脈拍、活動量などを測れる「牛専用の生体センサー」を、牛の耳や首に装着することで、牛の健康に関するデータを24時間取得できるようになりました。
たとえば、日本の企業・Farmnote(https://farmnote.jp/)のサービスでは、センサーを通じて牛の活動量、食べ物の反芻時間、休憩時間などのデータをリアルタイムで取得することができます。データは、スマートフォンのアプリやパソコン上で閲覧したり記録を追加したりすることができ、何か異常があれば通知を送るようなしくみもあります。
イスラエルの企業・SCR(http://www.scrdairy.com/)の提供するセンサーでは、健康や栄養状態、ストレスレベル、妊娠や流産の確率などを知ることができます。牛一頭一頭だけの状態だけでなく、グループでの病気やストレスの広がり具合なども把握することができます。
このような牛専用の生体センサーは増えてきており、同様のモニタリングサービスの提供が始まっています。
・アイルランドのMoocall(https://moocall.com/)
・イスラマバードのCOWLAR(https://cowlar.com/)
・イギリスのIceRobotics(http://www.icerobotics.com/)
牛が病気になるのを防いだり、適切に餌を与えたりするのももちろんですが、酪農家にとって、牛の発情タイミングを知ることはとても重要です。発情タイミングを見極め、人工的に妊娠させることで、牛の数を増やして生産性を上げられるからです。人の観察によって発情を発見する方法では、夜間に見逃してしまうことがありました。しかし、センサーを使うことで、発見できる発情の回数を増やすことに繋がるのです。
牛といえば、牛乳のパッケージに描かれているような、牧場でのどかに暮らしているイメージがあるかもしれません。しかし、実際の乳牛の多くは、牛舎の中で暮らしています。これは、搾乳や健康管理の手間を少しでも減らすためには、仕方がないことでした。とはいえ、酪農家が広い牧草地を管理するのは、簡単なことではありませんでした。
そんな状況をサポートすべく、最近は農地や牧草地向けのドローンが登場しています。上空から牧草地全体を撮影することで、牧草の生育状態や牛の移動の様子などを監視できるようになります。
大手ドローンメーカーのDJIのホームページ(https://www.djistore.co.nz/agriculture/)でも、ドローンの農業利用事例を紹介しています。
一例としては、羊の移動を観察していたところ、動きの悪い一匹がいることを発見。よく見ると妊娠していたことがわかりました。妊娠は母体が命を失うこともありますが、すばやく発見して駆けつけることができたことで、母体の命を失わずに済んだのだそうです。他にも、牛が移動したのを見計らってから、その場所に農薬や除草剤を撒くことで、効率よく牧草を生育できるようになった例もあるようです。
また、アメリカのAgribotix(https://agribotix.com/)では、画像分析システムと連動させることで、農作物や牧草を効率よく育てることができます。
こうしたドローンを使うことで、牧草地で牛を育てる「放牧」スタイルの酪農がやりやすくなります。
放牧には、数々のメリットがあるとして注目されています。たとえば、牛のストレスが減ることで、牛が健康で長生きできるようになったり、牧草をエサにすることによってコストの半分を占めていた餌代を削減できたりします。さらに、放牧で育った牛から作られた牛乳は、リノール酸やビタミンE、ベータカロテンなどの栄養素の量が多いという結果もあるようです。
牛や牧草を計画的に育てるのは、牛乳を搾るためですが、牛の乳搾りもまた、労力のいる作業です。乳搾りは、「ミルカー」と呼ばれる機械を使って行うので、まずは牛たちをミルカーのある場所まで移動させなければなりません。さらに手動で乳を消毒したり、ミルカーをつけかえたりする作業を何頭分も行うのはなかなかの大仕事です。
こうした乳搾りの手間を減らすのが、自動搾乳ロボットです!
たとえば、オランダのLELY(https://www.lely.com/)の搾乳ロボットは、餌で誘導して牛をストレスなくミルカーまで移動させられるような作りになっており、消毒やミルカーの取り付けなども含めた、搾乳作業のすべてを自動で行ってくれます。
ドイツのGEA Farm Technologies(https://www.gea.com/ja/index.jsp)の搾乳ロボットには、一気に複数の牛の乳搾りができる大型タイプもあります。このような設備があれば、乳搾りの手間をだいぶ減らすことができそうです。
その他にも以下のような搾乳ロボットがすでに作られています。
・スウェーデンのDeLaval(http://www.delaval.jp/)
・イギリスのFullwood(http://www.fullwood.com/)
このように、さまざまなテクノロジーを使ったスマート酪農では、人と牛の両方の負担を減らし、酪農現場の課題を解決しながら、生産効率を高めることができるのです。テクノロジーがもっと進歩すれば、完全に遠隔で牛を管理し、無人で酪農が行えるようにさえなるかもしれません。また、酪農をはじめるハードルが下がることで、誰でも酪農を始めることができ、酪農家の戸数や牛乳の生産量の低下を食い止めることができそうです。まさに革命ですね!
BAKEグループでもこの先、酪農を変えていくことに関わりながら、原材料やお菓子の進化を目指していきます。どうか長い目でご期待ください!
文:大嶋絵理奈(Facebook)
編集:名和実咲(@miiko_nnn)