みなさま、初めまして。大嶋絵理奈( @minamo_ca )と申します。 私は大学院まで生命科学を専攻したのち、味覚センサーを扱う会社で1年間働き、今年の4月よりBAKEのOPEN LABに研究者としてやってまいりました。 今年の3月に設立されたOPEN LABでは、マーケター・研究者・パティシエが三位一体となって、BAKEの商品をより美味しくするための科学的な検証を実施しています。 普段「科学に縁はないけど…」と思っているあなたも、料理やお菓子作りをしているときにはきっと無意識に、 「お肉に旨味を閉じ込めるには、弱火で長時間焼くのが良い」 「パスタを茹でるときには、塩を少々入れるとアルデンテになる」 などといったテクニックを通じて、料理の科学に足を踏み入れていることでしょう。 近年では、そうした料理のテクニックだけでなく、科学実験の手法を総動員させてまだ見ぬ料理を開拓する「分子料理」と呼ばれるフロンティア的な分野があります。 お寿司に紛れ込んであなたを惑わす人工いくらをはじめ、フォアグラが泡状になって出てきたり、カクテルドリンクなのに表面をかち割らないと飲めなかったりするトリッキーな料理たちがあるのです。
そんな面白い分子料理作りを、なんと一般人でも体験できる「分子料理キット」なるものがあるようです。BAKEのお菓子にも分子料理の手法を導入する日がくるかも? ということで、今回はBAKEのメンバーでこのキットにトライしてみました。その様子をレポートします。
用意したのは、カナダのMolecule-R社の「CUISINE R-EVOLUTION」。箱を開けると、何やら怪しげな器具や試薬が入っています。 レシピ集も一緒に購入。パラパラとめくるとシズる感溢れる料理が並んでおり、期待が膨張します。早速レシピを参考に簡単なデザートを4品作ってみました。
今回は3つの技法を使います。1つめの技法はゲル化(Gelification)。ゲルとは、液体がかろうじて固体化しているような、プルンと弾力をもつ状態のものです。代表例には、ゼリーやお豆腐があります。 ゲル化の技法を使うと、タピオカに似たつぶつぶだって作れますし、グミ菓子の「ひもQ」以外ではなかなかお目にかかれないようなひも状の物体に仕立て上げることもできます。 まずはこのレシピを作ってみます。クランベリージュースのゼリーの中に、レモンジュースのつぶつぶが入っている美しい一品です。このレシピの中で一番気になるのはレモンジュースのつぶつぶを作る工程だと思いますので、そこを紹介しましょう。 付属の「アガー」一袋分をレモンジュースに入れ、沸騰させて溶かします。 アガーは、高温の液体中に溶けて、冷めていく過程で網目のような構造を作ります。その網目構造の骨組みの中に液体の分子が保持されるため、液体と固体の中間のような性質を示すようになるのです。アガーは味の素ならぬゲルの素として、主に生物の分野ではそこそこ名を馳せている存在です。 アガーを溶かしたレモンジュースをスポイトで吸い取り、冷やしておいた油の上に垂らすと…… _人人人人人人人人人人人_ > つぶつぶが あらわれた! <  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ 今回はクランベリジュースの代わりに市販のアセロラジュースを使い、全体を盛り付けてみました(下図右)。 見本のようにつぶつぶをゼリー内部に散りばめても、ゼリーのオレンジ色に隠されてほとんど目に見えない……だと…… と、ゼリーがまさかのマスキング能力を見せつけてきたので、急遽つぶつぶは上部にどっさり盛ることにしました。見本通りにはできなかったものの、立派で素敵なミシュラン星付きのフレンチで出てきそうなデザート……いや、「お口直し」に早変わりしましたね! (※つぶつぶの正体は無糖レモンジュースです。一口目の感覚はお察しください。)
続いて、同じくゲル化の技術を使って、チョコレートをスパゲッティも顔負けのひも状にしてみます。 牛乳にアガーを混ぜて沸騰させてから、チョコレートを溶かします。それを注射器に入れて、チューブにチョコレートを絞り出し、氷水にてしばらく冷やします。そしてさらに注射器で押し出すと、ひも状チョコレートの完成です。 本当は、ホワイトチョコでも同様のものを作ってヒプノディスクを作り、世界初のチョコレート催眠動画を作りたかったのですが……
このひも状チョコレート、もろすぎるのです。円を描こうとすればするほど、ちぎれてしまうのです。 気合いを入れてターンテーブル(白い円形の台)まで用意したのに残念。 様々な試行錯誤の結果、最適な造形は、ちぎれることがアドバンテージとなる「薪」であると結論づけました。そう、ターンテーブルの右上にあるのが、チョコレートの薪です。どうですか。シルバニアファミリーのお庭にでも配置してあげたい。ドロドロに溶けますけど。
次は、球化(Spherification)の技法で遊んでみましょう。 一見プルンとしているところはゲルに似ていますが、ゲルは内部までプルプルしているのに対し、球化では、表面を割ると中から液体が漏れだすタイプの球体を作ることができます。人工いくらも球化の産物です。 さて、膜を割ってどんな液体が出てきたら嬉しいでしょうか。 私は卵の黄身だと思います。 卵の黄身は、一度割ってしまったらもう後戻りができない儚き存在…… あの黄身を割る瞬間の快楽が、何度も体感できたらうれしくありませんか。仮に、10個分の黄身を水で薄めて20個分の人工黄身を作れたら、計30回も割れるんですよ! そんな黄身割りストレス解消メソッドを開発すべく、卵の黄身を溶いた溶液を球化してみることにしました。破壊からの創造です。また、失敗した場合の保険として、オレンジジュースも球化しました。 黄身溶液およびオレンジジュースに「アルギン酸ナトリウム」を混ぜ、型に入れて粗熱をとった後、しばし冷凍。そして「乳酸カルシウム」を溶かした溶液にポトポトと入れてゆきます。 アルギン酸ナトリウムは乳酸カルシウムに触れると、ゲル化の時のように、球体の表面の分子が網目構造を作るため表面には膜ができ、表面プルプル・中身ゆるゆるな物体ができます。 できるはずだったんです…… ・ ・ ・ ・ ・ なんと黄身は、道を踏み外してしまったフルーツポンチような残念な見た目になってしまいました! おそらく、豆腐がにがり(マグネシウム)で固まっていくように、カルシウムが黄身中のタンパク質と反応してしまったのでしょう。なんでもかんでも球化できるわけではないという教訓です。 一方、なんとかレスキューに成功したオレンジジュースの球体の方はむしろ卵らしさを醸し出していました。仕方ないのでこのオレンジジュースを黄身だと思い込んで、割ってみることにしました。 じわぁ…… 目にもじんわりこみ上げてくるものがありました。
他にも、普段泡立たないものを泡立てる乳化(Emulsification)の技術を使って、野菜ジュースや牛乳を泡立てようと試みました。 乳化のレシピでは、水と油を結びつけて泡立ちを助ける働きを持つ「大豆レチシン」をお酢や豆乳に加えて泡立てていたので、大豆レチシンさえ加えればどんな液体でも泡立つのかと思いましたが… 野菜ジュースは全く泡立ちませんでした。しばし格闘しましたが、微動だにしません。「俺は断固として液体でいたいんだ」という水からの伝言を感じたので、尊重してあげる以外の選択肢がありませんでした。 レシピに豆乳があったので、牛乳でもイケるだろうと踏んで試したところ…… なんとか泡立てることに成功!せっかくなので、余ったオレンジジュースの上に盛ってみました。 ピサの斜塔を彷彿とさせるグラスに入れれば、これまた立派で素敵なミシュラン星付きのフレンチで出てくるデザート・・・否、「アミューズ」に早変わりですね。 長くなりましたが、以上で実験レポートを終わります。これを読んで分子料理作りを試してみたくなったあなたにお伝えしたいことは、この一言に尽きます。 「初心者は、変にアレンジせずにレシピ通りに作りましょう。」 分子料理キットに興味を持たれた方は、以下のサイト(英語)をご覧くださいませ。今回使ったキットの購入ができるだけでなく、さまざまな分子料理の解説がなされているので見ていてワクワクしますよ! Molecular Recipes:http://www.molecularrecipes.com/ 今回は分子料理キットの実験レポートをお届けしましたが、日頃OPEN LABでは、BAKEの商品をもっとおいしくするために科学的なアプローチで調理工程や使う材料を改善したり、新商品の開発を行ったりしております。 ゆくゆくは、みなさまのご意見を頂戴しながら、BAKEとみなさまで一緒に商品をアップデートしていく場も作っていく予定です。 OPEN LABでの活動は今後もTHE BAKE MAGAZINEで随時ご紹介していきますので、ぜひチェックして頂けると嬉しいです! Text by 大嶋絵理奈( @minamo_ca )
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— 株式会社BAKE (@bake_jp) 2016年6月2日