日本の伝統工芸品として知られている「漆器」。
「漆器」と聞くと、「ホテルや料亭などで供される食器」、「ハレの日に使用する食器」といった、少し敷居の高いイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。
今回の記事では「漆器」のイメージを刷新し、現代の暮らしにもなじむ漆器のブランド「RIN&CO.」を立ち上げた、株式会社漆琳堂の代表・内田徹さん(以下、内田さん)にお話を聞きました。
カラフルな色彩がSNSや雑貨店などでひときわ目を引く存在の「RIN&CO.」。「このうつわにBAKEのお菓子を盛り付けたら素敵だろうな」と以前から注目していました。
老舗漆器メーカーである漆琳堂さんが「RIN&CO.」を立ち上げられた経緯を教えてください。
漆琳堂では元々「業務用漆器」をメインにつくっていました。「業務用漆器」とは、ホテルや旅館、料亭などで使用される漆器です。
ただ、近年はホテルの食事でもブッフェ形式が増え、旅行や観光も大勢でのツアーより家族や仲間同士で個室に泊まるスタイルが主流になりました。旅行や飲食への参加規模が縮小したことで、うちがターゲットとしている「業務用漆器」を多く扱う施設やお店が絞られてきていることを感じました。
そのため販路を変え、BtoC向けの商品を作っていこうという想いから生まれたのが「RIN&CO.」です。
ブランド名の由来はどのようなものでしょうか?
「RIN&CO.」の「CO.」にはカンパニー・仲間達という意味があります。
うちでは漆器をつくる工程の中で「塗り」を専門にしているため、その前後の工程は別の会社さんと連携してつくっています。木でつくられたお盆など、別の職人さんにつくってもらっている商品も発表していこうという意図もあるので、“仲間達と一緒だからこそできるものづくりであること”に由来しています。
「RIN」は、漆琳堂の「りん」と思われがちですが、加えて「Reason In Northland」という造語の頭文字ですね。「北陸である理由」とか、「北陸のものづくりを伝えていく」といった意味を込めています。
内田さんが他のメディアで「北欧と北陸のものづくりが似ている」というお話をされていたかと思います。
北陸では日照時間が少なく、雨や雪が多いので「自宅で過ごす時間を大切にしながら、ひとつのものを長く使い続ける」という文脈があるのかなと感じました。
その通りです。漆器もそうですし鯖江市だとめがねなどもそうなんですけど、元々ものづくりは農閑期の仕事でもあったんです。福井県は年間降水日数が全国で1、2位を争う地域で「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉もあるくらいです。
ちなみに雨の日が多いということは湿度も高くなると思うのですが、それは漆の扱いにも関係してくるんですか?
そうなんです。漆自体が湿度によって固まるんですけど、漆琳堂がある鯖江市は山々に囲まれていて田んぼに水が流れ、山の間に川が2,3本流れているような環境なので、湿度が高く漆が固まってくれる環境です。地の利もあって1,500年以上も続いてきている産業なんですよ。
「RIN&CO.」の漆器は食洗機の使用もOKとお聞きしました。漆器に使用されている「越前硬漆」は自社で開発されたのですか?
「越前硬漆」は、福井県と福井大学、産学官と連携して研究・開発をしました。
僕らは漆を塗る技術はあるんですけど、「どのように耐熱性を持たせるのか」とか「『耐熱性がある』と明言するためにはどうすればいいのか」といったところは福井県の工業技術センターやデザインセンターの力も借りながら開発しました。
食洗機の普及は進んできているし、新築の戸建やマンションだと必ず食洗機がついているような時代になってきたので、伝統工芸でありながら機能性を持たせられているというのは一歩進んでいるのかなと思っています。
「RIN&CO.」の漆器は1,000回食洗機にかけても剥がれないようになっているんですよ!
「越前硬漆」を開発するのにどれくらいの期間がかかりましたか?
漆の開発自体は「RIN&CO.」の立ち上げのためではないのですが、約10年ほど前から研究をしています。
僕が2011年から2年間、研究のために福井大学に通っていた時期があって、大学で研究していた時期に学んだことが技術面のデータベースとなっていますね。
産学官の連携プロジェクトでは、立場の違いもあり大変なこともおありだったのではないですか?
特に「耐熱温度」のスペックをどこまで上げるかということに苦労しました。
「RIN&CO.」の耐熱温度は120℃なんですけど、大学の教授の方々は研究者なので、200℃、300℃とより高スペックの高さを目指そうとするんですね。
最初はついていっていたんですけど、県の工業技術センターの方が「日常使いの食器にそこまで高い耐熱温度が必要かどうか検討しましょう」と仰って、そこが技術を実際に使う企業と研究者が達成したいことの違いだなと感じました。
「漆器が食洗機に耐えられる」という技術は工業製品ではなく、一般家庭での日常生活で使えるというところで県の成功事例として取り上げていただいたりもしたので、結果的には良いプロジェクトだったのかなと思っています。
また、大学としても地場産業への貢献は大切なミッションだと思うので、地場産業である漆器産業と連携した実績ができてよかったのでは、と考えています。
「越前硬漆」の開発や「RIN&CO.」の商品化によって、御社だけでなく行政や教育機関にもあたらしい実績ができたのは素晴らしいことですね。
次は商品について質問させてください。漆器の色というと黒、もしくは赤のイメージが強いですが、「RIN&CO.」の漆器はやわらかな印象でカラフルな色展開が特徴的ですよね。このような色味にされた理由を教えてください。
明るくやわらかな色合いのうつわで食事の時間を楽しんでもらいたい、漆器に親しみを感じてもらいたい、という想いがありました。漆器を若い人にをどう手にとってもらうかというのが課題だったので、若い方の目にとまるような色展開にしました。
どんな料理をのせても明るい印象になりそうだな思いました。漆器だと高台(茶碗・皿などの底にある基台のこと)があると思うのですが、「RIN&CO.」の器に高台を付けなかったのはなぜですか?
高台をつくらなかった理由は2つあります。1つは、高台があると洗いにくいためです。高台が水の受け皿になってしまって、そこに水が溜まりやすいんです。もう1つは、高台があることで“お椀”になってしまうので、よそう料理がご飯と味噌汁しか選択肢がなくなってしまうためです。たとえばポテトサラダやスープなど、洋食にも使ってもらいたかったんですよ。
この数年で国内でのご飯とパンの消費量が逆転し、パンやパスタなどの消費量が増えてきているので、大きな目線で考えると和食にしか使えないうつわは先細りだなとも感じていたこともありますね。和洋関係なく、どんな料理にも使えたらいいなと思っています。
通常の漆器は表面がツルっとしていますが、「RIN&CO.」の漆器は刷毛目がついています。刷毛目をあえて残している理由を聞かせてください。
漆器はどうしても塗りものなので、陶器や磁器に比べると傷がつきやすく、その傷も目立ちやすいという弱点があります。そこをカバーできるのが刷毛筋ですね。
ツヤ感も以前の漆器より控えめにしています。私たちが今住んでいる環境って部屋の隅々まで明るいじゃないですか。明るいダイニングやリビングで食事をする場合には、ツヤが少し引けていて、刷毛筋もある方が現代のテーブルシーンにもマッチするので、漆を従来の漆器とは異なる調合にしています。
今日のライフスタイルに合うよう、さまざまな工夫をされているんですね。
「RIN&CO.」の漆器にBAKEのお菓子をのせるなら、何色がおすすめですか?
のせるお菓子にもよると思いますが、グレーか水色が特に合うかなと思います!
また、さまざまな色展開があるので、贈る相手を想像して色を選ばれるのもおすすめですよ。
内田さんは漆琳堂の8代目だとお聞きしました。元々漆琳堂を継ごうとお考えだったのですか?
学生時代は、教員になろうと思って地元である福井を離れて大学に進学しました。在学中に教育実習で帰省していた際、家業を大人になってはじめてじっくりと見ることがあって、その時に教員もいいけど自営業もいいなと思ったんです。
自営業では、前年よりも努力したり工夫をすれば売り上げが上がるとか社員が増えるとか、自分の動き方次第で大きく成長させていくこともできるので、魅力があるなという風に感じました。子どものころから祖父や父の姿も見てきていたので、刷り込みではないけれど、何か感じるものがあったのだと思っています。
お祖父様やお父様から内田さんに対して「継いでほしい」という言葉はあったんですか?
全然なかったです(笑)
ですが祖父や祖母と一緒に夕飯をを食べるときに、僕の手を見ながら「いい手をしているなぁ」とか「大きいお椀も持てるなぁ、お前の手はいい手だぞ」みたいなことを言われたことはありました。それも今思えば刷り込みだったんでしょうね(笑)
最後の質問となりますが、今後「RIN&CO.」や、漆琳堂として挑戦していきたいことはありますか?
近々では商品数を増やすことを目標としています。RIN&CO.発表当初は、小さなお皿しかなかったのですが、5月に平皿M(パン皿サイズ)と平皿L(ワンプレートサイズ)の2つのお皿を発売しました。
もうひとつは職人の育成ですね。現状はまだ塗りの作業ができるスタッフが少ないので、社内の若いスタッフに技術の継承をしていきたいなと思っています。
伝統工芸品を今日の暮らしにフィットさせ、若い世代に広めている「RIN&CO.」。
“食洗機で洗える漆器”をきっかけに、伝統工芸品や北陸のものづくりに興味を持つ方がさらに増えるといいなと感じました。内田さん、お話ありがとうございました。
写真提供:株式会社漆琳堂
執筆:屋宜美奈子