時間がたっても溶けないアイスや、宇宙空間のような無重力パフェ。
これらの不思議でかわいいスイーツは太田さちかさんが手掛けるサイエンススイーツ。自宅で子供と一緒に作れるレシピブックは、発売からわずか3日で完売。テレビやSNSでも取り上げられ、今注目を集めています。
太田さんは現在、ケーキデザイナーとしてオーダーメイドケーキを制作するほか、芸術教育士として子供たちの感性に寄り添ったお菓子作りのワークショップも主催されています。
今回のTHE BAKE MAGAZINEでは「お菓子の可能性」をテーマに、太田さんにお話を伺います。
現在は、コロナ禍のためオンラインでワークショップを開催されていますが、反応はいかがですか?
太田:移動時間の制約がなくなって、地方や海外からもご参加いただけるようになりました。参加者の幅が広がりましたね。
サイエンススイーツが生まれたきっかけは?
太田:お菓子作りのワークショップをきっかけに作りは始めました。10年以上前からさまざまなテーマで開催してきたのですが、中でもサイエンススイーツはとても人気があります。
太田:お菓子作りに科学実験のようなアプローチを取り入れてみると、子供たちがものすごい熱気や集中力で参加してくれて、私自身おどろきました。
のめり込む子供たちが目に浮かびます!どんなスイーツが人気ですか?
太田:レインボーポンチは人気ですよ。赤・青・黄色の3原色を組み合わせてカラフルなゼリーを作ったり、素材の持つ特徴を活かしてポンチにゼリーを浮かしてみたり。子供たちが目をキラキラさせながら作っていますね。
レシピ本でも、素材のこと、色のこと、浮いたり沈んだりする理由、作り方などを解説しているのでぜひ見てみてください。
太田さんは、芸術教育士として活躍されています。芸術とサイエンスには、どのような関係があるのでしょう?
太田:芸術と科学の根っこはよく似ていると思います。どちらも物事をよく観察し実際に試してみることで、法則性や知識を得ることができます。
例えば「果物の色がきれい」「花が好き」という感覚に理由はありません。ですが、対象をよく観察すると房のつき方や花弁の枚数など、さまざまな法則性が隠れています。野菜や果物の切り口一つを見ても、美しいアートでもあり科学でもありますよね。
芸術と科学、感性と理論、答えのないものと有るものとのかけ合わせが面白いですね。
太田:そうですね。科学には答えがありますが、スイーツにはありません。サイエンススイーツは興味の入口が多く、興味をもつポイントは子供たち一人ひとりの感性に委ねることができます。
「小さい頃からお菓子作りや絵を描くことが好きでした。母が特別な日に作ってくれるレモンババロアは思い出の味」と語る太田さん。本格的にスイーツと関わり始めたのは、なんと就職してからだそう。
太田:大学を卒業して就職した後も、お菓子作りは趣味でした。お給料のほとんどを料理家さんのお菓子教室につぎ込むようなOLだったんです(笑)。日本でディプロマ(資格)も取得しましたが、いつかは本場フランスで学びたいという憧れは消えませんでした。
結局、会社を休職してフランスに留学することを決めました。エコール・ド・リッツ・エスコフィエ(パリのホテルリッツが運営する料理学校)で10カ月間、午前中は製菓を学び、午後は語学に励みながらお菓子屋さんをめぐる日々を過ごしました。
留学中、印象に残っていることはありますか。
太田:当時、さまざまなメゾン(ファッションブランド)からキッズラインが発表され、店舗も子供用のカフェやスペースが充実していたのが印象的でした。
カフェには子供用の小さなインテリアが並び、メゾンの世界観も加わって大人が見ても心を奪われる空間でした。ちょうどデザイナーさんたちに子供ができて、ライフステージに合わせた展開だったのだと思います。
帰国後にワークショップを始められたのでしょうか。
太田:はい。帰国後、復職してから結婚し、一人目の子を出産しました。当時はまだママコミュニティーが少なく、自分の好きなことを活かして何かできないかと思って始めたのがワークショップです。
最初は、ハロウィンやひな祭りなど季節のイベントに合わせたお菓子作りをしていました。しばらくすると、ファッション誌で少しずつ「ママ特集」が増え、私の活動を取り上げていただくこともありました。
ママコミュニティーがブームになり、何か変化はありましたか。
太田:ありがたいことに、多くのママたちがワークショップに関心を持ってくれて、参加者が100人を超えることもありました。ですが、徐々にエンターテインメント要素が強くなっていくことに違和感を覚えました。
太田:見栄えも味もこだわっていたものの、他の方でもできるんじゃないか……と悩んでいた時「子ども芸術」が学べる大学院を知り、これだ!と直感したんです。
「子ども芸術」とは、どのような学問ですか。
太田:「こども」「芸術」「教育・福祉」をキーワードに、子供の学びをデザインするための理論や実践を学びます。ちょうど三人目の子が保育園に入ったタイミングで勉強を始めて、京都芸術大学大学院(通信制)で修士号を取りました。
三人のお子さんを育てながら修士号を取られたなんて、すごいです。
太田:いえいえ、会社を退職して、時間ができたので。といっても、修了するまでに3年かかってしまいました(笑)。ここぞ!というタイミングで熱を出しちゃうのが子供の不思議ですよねぇ……。
チャーミングな笑顔が印象的な太田さん。彼女が取得した修士号はMFA(Master of Fine Arts/芸術修士)と言い、アメリカで発表された論文『The MFA is the New MBA(芸術修士号は新しい MBAである)』をきっかけに注目度が高まっているそう。
太田さんのように独自の感性と世界観を持ちながら、親子のための場づくりを実践している芸術教育士はユニークな存在です。
太田さんがワークショップで大切にしていることをお聞かせください。
太田:特に意識していることは、素材の役割を知ってもらうことです。
例えば、砂糖は体に悪いと考える人も少なくありません。けれど、スイーツは砂糖のおかげで品質が安定して美味しくなるなど、役割やメリットがあります。
また、子供たちが作ったものに対して、合格・不合格、上手・下手といった基準を設けるのではなく、全てが素晴らしいと言える環境を意識しています。
子供たちにとって大切な成功体験になりそうですね。
太田:サイエンスには答えがあるけど、スイーツやワークショップにはない。失敗したら原因を探ることができるのはサイエンスのいいところです。
BAKEさんもユニークなスイーツを作られていますね。特に伝統菓子に注目されていて素敵なテーマだと思いました。
ありがとうございます。8月にバターゴーフレット専門店「SOLES GAUFRETTE(ソールズ ゴーフレット)」をオープンしました。フランスで数百年もの伝統を持つお菓子をBAKE流に進化させたブランドです。
太田:“進化”ですか。
はい。BAKEでは「お菓子を、進化させる。」というミッションを掲げています。
原材料やつくり方、見せ方、届け方、伝え方の全てにこだわる。デザイン(アート)×スイーツ、テクノロジー×スイーツ、工房一体型による五感でワクワクする店舗体験など、私たちのアプローチは太田さんのアプローチと少し重なるのではないかと感じました。
お菓子の持つ可能性って無限ですよね。
太田:これからますます何が起こるか想像のできない世界。お菓子作りのワークショップを通じて、子供たちが自分を見つける力を身に着けてくれたら嬉しいです。子供たちは、冒険するような気持ちでお菓子作りに参加してくれているのかも。
食に関連する分野では、サステナビリティや分子調理などに興味があります。サステナビリティについて、認知度は上がってきているものの、家庭のキッチンにまではまだ届いていないと思います。私なりに実践していこうかなぁ、と計画中です。
ますます活動の幅が広がりますね。太田さんのアイデアの源泉はどこにあるのでしょうか。
太田:ニュースにもアンテナを張っていますが、一番はキッチンです。キッチンの周りには発見が溢れています。素材への感動や発見が新しいスイーツレシピやワークショップのアイデアになることもあります。
太田さんがスイーツやワークショップで翻訳していく未来に興味津々です!本日はありがとうございました。
太田:こちらこそ、ありがとうございました。
太田さちか さん
芸術教育士/ケーキデザイナー
慶應義塾大学、エコール・ド・リッツ・エスコフィエ、京都芸術大学大学院など日本とフランスで製菓、芸術を学ぶ。MFA(芸術修士号)を取得し芸術教育士として、キッズクリエイティビティを軸にしたアトリエアプローチを実現。2009年にこどもとママンのためのアトリエ「My little days」を設立。2020年4月に『不思議なお菓子レシピ サイエンススイーツ』を出版。http://mylittledays.jimdo.com/
紹介した本
「不思議なお菓子レシピ サイエンススイーツ」(マイルスタッフ)