「おいしさの次に、デザインが大事」
BAKE Inc.はこの想いを胸に、食のクリエイティブに力を注いできました。商品の魅力を最大限に引き出すために大切にしているのが、「おいしさは保ちつつも新しい挑戦をする姿勢」です。
ガトーショコラ専門店「Chocolaphil」のキービジュアルにこの姿勢がよく現れています。
キービジュアルの制作に携わったのは、BAKE Inc.クリエイティブ部 部長の柿﨑弓子と、食の広告やパッケージの撮影を手がける株式会社ヒューのフォトグラファー細見恵里さん。
二人にキービジュアル制作の裏側と、食のクリエイティブの可能性を聞きました。
Chocolaphilのキービジュアルは、食のクリエイティブとしてはユニークな印象です。どういった背景から生まれたのでしょうか?
柿﨑:新たな店舗の出店先である百貨店の顧客層に合わせて、化粧品やファッションへの感度が高い女性に訴えかけるキービジュアルにしたいと考えていました。自由が丘に1号店をオープンした時のキービジュアルとは表現を変えようと思ったのです。
ローンチ時どのようなビジュアルだったのでしょうか。
柿﨑:ローンチ時に表現したかったのは、よりパッケージや店舗デザインと深くリンクした「反響」をコンセプトにしたビジュアルです。ターゲットである「40代の大人の女性」に合わせた、クールで硬質な雰囲気でした。
ですが、2号店の出店先は、百貨店である大丸心斎橋店。雰囲気や顧客層を考えると「ぱっと目にしたときの華やかさや分かりやすさ、それでいて遊び心を忘れない」キービジュアルがふさわしいと考えていました。異なるキービジュアルを作る。そのために自分たちでは思い浮かばないような発想を求めていたんです。
それでヒューさんにお声がけしたのでしょうか。
柿﨑:はい。ヒューさんは、食専門の創造集団。私も前職時代に何度もお世話になっていました。フォトグラファーたちが、あらゆる角度から「おいしい表現」を探求していて、想像を超えたクリエイティブを提案してくれます。
そんなヒューさんのクリエイターの中でも、今回のChocolaphilのイメージに合うような、既存の枠にとらわれない表現が得意なフォトグラファーを探していました。
その中で目を引いたのが、細見さんの作品だったのですね。
柿﨑:細見さんのポートフォリオを拝見して、おいしそうでありながら、奇抜な部分に心を惹かれました。特に印象深かったのが、真っ赤な背景に、黒いチョコレートがかかったエクレアで「ハイヒール」を表現した写真。シュークリームの部分が足を包み込むアッパーを、チョコレートのしたたりがヒールを表しています。まるでファッションブランドの広告のようで、一目見て「かっこいい……」と心を動かされました。
細見さんの作品から感じられたのは、BAKE Inc.が大切にしている「おいしさは保ちつつも新しい挑戦をする姿勢」。きっとこの人となら、新しい形のキービジュアルを作れるはずだと、オファーをしました。
細見さんは、BAKE Inc.からオファーがあった時、どう感じました?
細見:とてもワクワクしました!私は以前から、BAKE Inc.のクリエイティブのファンだったんです。食の写真でありながら、現代のファッション写真に置き換えられるようなおしゃれさに魅力を感じていました。
色味や深度、背景……。食にとどまらず、ファッションなど幅広い分野の写真の流行を研究し、時代を反映させているのだと思います。私も「ファッション×食」をテーマにしてきたので、とても共感して。日頃から、ファッション写真のギミックを料理のビジュアルに落とし込んだ時に出る斬新さや、見る人が思わずハッとする華やかさを出したいと考えていたので、刺激を受けていました。
柿﨑:私たちのこだわりが伝わっていて嬉しいです。BAKE Inc.のクリエイティブチームは、建築や自然の風景のような、一見食とは関係無さそうなものを参考にするなど、リファレンス先を増やすようにしています。例えば、建築の要素を生かして、建物のように商品を積み上げてクールな雰囲気を出しつつも、中のクリームやチーズのトロトロ感を見せればおいしそうに見える。食以外のさまざまな要素を組み込むことで表現の幅が広がり、面白いクリエイティブができると考えています。
細見:私も既存の「おいしい」の枠を超えたクリエイティブを作りたかったので、お声がけいただいた時は、本当に嬉しかったです!
細見さんにお願いすることが決まり、どのように制作は進んだのでしょうか?
柿﨑:キービジュアル制作がスタートしたのは、大丸心斎橋店オープンの2カ月ほど前。普段は自分でスケッチを描いてどんなビジュアルにしたいか伝えるのですが、今回は細見さんの感性を存分に活かしてもらいたいと考えていました。あまり細かいディレクションはせずに「ブランドカラーの青を使う」「高級感と面白さをミックスさせる」「おいしそうに見せる」と、ポイントだけお伝えしたんです。
柿﨑さんからのオーダーを受けて、細見さんはどのようなアイデアが浮かびましたか?
細見:最初の打ち合わせで、柿﨑さんから「ガトーショコラ レクタングル」、「ガトーショコラ キューブ」、「ビスキュイ ショコラ with カカオニブ」を1つのビジュアルに組み込みたいとご相談いただきました。
3つの商品を同じ空間に置き、おしゃれな小道具で彩ることもできましたが、それではありきたりになってしまうなと。どうすれば個性を出せるかを考えて浮かんだのが、「コラージュの手法を使い、3つの商品が宙に舞う様子を表現すること」でした。
商品が宙に舞う写真は、食のビジュアルではあまり見かけないですね。
細見:商品を個々で撮影し、コラージュで組み合わせると、1つのビジュアルに色々な空間が混在している表現ができるんです。よりファッション性も出ますし、「全ての商品を一緒に見せる」という要望もクリアできると思いました。
オーダーをコラージュという発想で突破しようとしたのですね。ただ、ファッション性を出そうとすると、食べ物の「おいしさ」が伝わりにくくなるように思います。
細見:その点は、ライティングを工夫しました。実は食の撮影には「おいしそうに見えるセオリー」が存在します。陰を少なくして、ツヤが出るとおいしそうに見える。そのための光の方向や質、角度があります。今回は、光を当てる方向と角度は食の撮影のセオリーを守りながら、光の質にファッションの要素を組み込んでみました。食の撮影で使うストロボは、あえて使いませんでしたね。
型を守りつつ、部分的に型を破ったのですね。
細見:そうです。食のビジュアルは、万人に「おいしそう」と感じてもらわなければいけません。その分、表現の幅が狭くセオリーに沿ったものになりがちです。私はその枠を飛び越えて、人の心がハッと動くような瞬間を作りたいと考えていました。
柿﨑さんからも期待されていた「感性を活かす」を考え抜いた結果、枠にはまらずに自分がいいと思うものを思いっきり提案しようという結論に至りました。
いい意味で「食らしさ」のないビジュアルは、その思いに裏打ちされたものだったのですね。
コラージュの手法やライティングなど、食のクリエイティブとしては少し珍しい撮影現場だったかと思います。どのように当日に向けた準備をしていったのでしょうか?
細見:明確なゴールイメージを決めるのではなく、同席するレタッチャーやフードスタイリストの自由な発想を生かそうと、フリースタイル形式の撮影に決めました。撮影に向けて、心から信頼するメンバーをアサインしましたが、私が的確な指示を出せなければ、イメージと違うものに仕上がる危険性もある。「きっと大丈夫」という確信と「うまくディレクションできるかな」という不安が同居する、そんな気持ちで撮影当日を迎えました。
不安な気持ちもある中で迎えた撮影はいかがでした?
細見:最高でした!前半で商品をきちんと撮影し、後半は自由演技。撮影した商品を組み合わせるうちに、「食べ物だけではなく電球を加えてみたい」「鉱石を使ってみても面白そう」など、その場でメンバーが一体となってアイデアを出し合いました。
柿﨑:私も同席していて、非常に楽しかったです。現場に入った瞬間に、明るい空気があふれていて、「楽しい撮影ができそうだ」と感じました。撮影は時間が長いので、どうしても中だるみの時間が出てくるものです。しかし、今回の撮影チームのみなさんは切り替えがとても早くて。いいキービジュアルを作ろうとするモチベーションの高さが伝わってきて、私たちも楽しみながら取り組めました。
とてもいい空気感の中、撮影が行われたのですね。現場の空気をつくるために心がけたことはなにかあるのでしょうか?
細見:「とてもいいと思う!」「やってみよう!」などポジティブな意見を伝えるようにしました。やはりクリエイター自身の心が動かなければ、見る人の心に訴えかける面白いクリエイティブは作れません。メンバーが心から楽しんで撮影できるよう、自分から明るい雰囲気を作っていきました。
どうすれば撮影チームがのめり込んで撮影できるのかは、普段から考えています。今回は、クライアントであるBAKE Inc.のみなさんも一緒に楽しんでアイデアを出してくださったからこそ、良いアウトプットが出せたのだと思います。柿﨑さんは現場にある小道具を見て、私たちと同じように楽しみながら参加していて。会社の垣根を越え、同じ「仲間」として撮影に臨めて、嬉しかったです。
柿﨑:とにかく、細見さんたちには「楽しんでもらうこと」を大切にしていました。クリエイターたちが、新しい挑戦をするワクワク感をキービジュアルに乗せたかった。そのためには、細かい制限は設けずに、自由に楽しんでもらったほうが良い作品が生まれると思ったのです。
細見:そもそも、フリースタイル形式で臨む撮影自体が異例です。柿﨑さんからすると、明確な完成イメージが湧かずに、不安だったと思います。それでも、私たちを信じて任せてくださったので、「絶対に成功させたい」と強く思いました。
柿﨑:私には、完成イメージが見えていましたよ(笑)。
細見:ありがとうございます!撮影が終わったあとも、「遊んでいるように見えてしまったかな?」と少し不安に思ったのですが、後日BAKE Inc.のみなさんとの女子会に誘っていただけて……それが一番嬉しかったかもしれません。
柿﨑:撮影の雰囲気がとても楽しくて、「もっと細見さんとお話ししてみたいな」と思ったんです。撮影チームのみなさん、そして私たち自身が楽しんで撮影に取り組めた結果、納得のいくキービジュアルができあがりました。
お互いに「既存の枠を超えよう」という気持ちがあり、細見さんがギリギリのラインを攻めてくれた。そのおかげで、「化粧品ブランドのような面白さがありつつも、おいしそう」というこれまでにないキービジュアルができたのだと思います。
細見さんは、キービジュアルを制作してみていかがでしたか?
細見:大きな転機となりました。私は、「ファッション×食」を自分の作品として追求してきました。個人の作品としては評価いただけるものの、それがクライアントのニーズに合うわけではなくて。広告をはじめとするクライアントワークで、自分の持ち味を活かすのは難しいかもしれないと、あきらめていたんです。ですが、今回は自分の感性を活かした提案をして、それを評価していただけた。柿﨑さんにとっては、非常にチャレンジングだったと思いますが、チャンスをいただけて嬉しかったです。
柿﨑:細見さんとのコラボレーションを経て、クリエイターの世界観とブランドの方向性が噛み合えば、良いアウトプットが生まれるのだと確信できました。
細見:今回のキービジュアルのように、フォトグラファーの得意分野と掛け合わせた広告が増えるといいですよね。そうしたら、既存の「おいしい」を超えたクリエイティブが増えて、食の見せ方の幅が広がると思います。
食の見せ方はどのように変わりそうですか?
細見:例えば、今よりもさらにメーカーごとの個性が反映されたクリエイティブが生まれるのではないでしょうか。ファッションや化粧品等のブランドだと、ブランドごとの個性が反映されています。食の領域は、「おいしい」のイメージにとらわれていて、似たようなものが多い状況です。
他には、環境の変化に合わせたクリエイティブも登場すると思います。今は写真もフィルムではなくデジタルが主流。デジタルには、現実にあるものを撮影するだけではなく、コラージュなどを通じて新しい世界を構築できる面白さがあります。今後、デジタルサイネージ等が主流になれば、動画のキービジュアルも活用されるかもしれません。動かない写真の良さはもちろんありますが、動くからこそ伝えられるものもあるのではないでしょうか。
柿﨑:完成した食をどう見せるかはもちろん大切です。この先、「どう見えるか」から逆算して商品設計をしても面白いと思います。クリエイティブから逆算して、おいしそうに見える商品をいかに作るか。これもまた、食のクリエイティブがもつ可能性だと思います。
例えば完全栄養食の分野は、ドリンクや粉末、グミなどが発売されていますが、少し見た目がシンプルなものが多いですよね。コンパクトで栄養があるので、今後、災害時での活用も期待されますが、見た目は人の気持ちにも影響を与えます。そこで、クリエイティブから逆算してみると、見たら心が明るくなるような商品が作れるかもしれません。そう考えると、食の表現の可能性はとても広いですよね。今後も既存の枠を超えて、新しい挑戦をしていきたいです。
商品をどう見せるかだけでなく、見え方すらも提案できるようになったら、食のクリエイティブの可能性はどんどん広がっていきそうですよね。お二人とも、ありがとうございました!