こんにちは! THE BAKE MAGAZINE編集長の塩谷です。
パソコン担いで東京都内を行き来して、深夜までファミレスで原稿を書き、毎秒ごとにSNSをチェックしながら生きています。そんな暮らしがあたり前だと思っていましたが……違ったらしい。違ったらしいわ。
人の少ない北海道の山奥で、家族と犬と猫と暮らし、牛の放牧をしながら乳を搾り、チーズをつくり、夏には自転車や野球を、そして冬にはスキーやスケートを楽しむ。そんな人たちに出会いました。
ハイジ…?

まさにリアル・ハイジです。ですが、これは現実の、2015年の日本で取材したお話。
知らない世界に住む人は、知らないことを教えてくれます。
牛との暮らしのこと、放牧のこと、おいしいチーズのこと、そして世界の環境問題のこと。
興味がなかったとしても、自分にも必ず関係していること。ぜひご一読いただきたいです!
放牧は時代遅れ? あらゆる酪農家が「牛舎」と「穀物」を取り入れた理由
北海道で酪農がはじまったのは明治初期。当時は、すべての酪農家が牧場に牛を放つ「放牧」をしていました。でも、現在北海道で放牧をしている農家は一割にも満たないらしいのです。
どうしてみんな、放牧をやめてしまったのでしょう?
その背景には…
「栄養価値の高い穀物飼料を食べさせて、どんどん乳を搾ろう!」
「放牧は一頭あたりの乳の量が少なく、時代遅れだ!」
という国からの指導があり、牧場にいた牛は次第に牛舎へと閉じ込められ、牧草ではなく穀物を食べるようになったそうです。1頭あたりの乳量を増やすべく、現在も多くの酪農家が、毎日休むことなく穀物を与え続けています。
でも、果たしてそれは、正しい指導だったのでしょうか?
「草の牛乳」という、北海道の酪農家たちにインタビューした1冊の本。そこには、こんなエピソードがありました。

「一頭当たりの乳の量を追求すれば儲かる」という指導を信じて、たくさんの穀物を与え、牛舎で牛を管理し、休むことなく、子どもの運動会の途中にも餌やりに家に帰っていた、とある酪農家。
365日、朝から晩まで働いていたにも関わらず、牧場の経営は赤字でした。
そんな暮らしの中で知ったのは、ニュージーランドで成功している「放牧」という牛との付き合い方。正しい放牧を学び、自らの牧場でも牛を牧場に放ったところ……数年を経て経営が黒字になり、働きづめの生活からも解放されたそうです。
このエピソードと同じように、現状に危機感を持った一部の農家は、自らの意思で放牧に切り替えはじめているんだそう。
北海道・足寄町で完全放牧を行う「ありがとう牧場」の牧場主である、吉川友二さんもその一人。
2000年に足寄町にて新規就農し、この「ありがとう牧場」を立ち上げました。
後ろで子牛が草をモグモグ食べているのが見えますが、この放牧の風景こそ、吉川さんが大切にしているものなんです。
牛のこと、環境のことを考えて、そこに感謝して寄り添う「ありがとう牧場」さんの暮らしとは……?
今あらためて注目される「放牧」の素晴らしさって?
吉川:牛は人間には食べられない草を、人間が食べられる乳や肉に変える事ができるという素晴らしい能力があるんですよね。
塩谷:牛乳は草から出来てるんですよね…当たり前なのに、あんまり意識していませんでした。でも穀物を食べた方が、牛乳はたくさん出るんですよね?
吉川:ええ。穀物を多く食べると、確かに乳量は増えます。でも牛は草食動物なので、穀物だけを与え続けると死んでしまうんです。
塩谷:えっ!
吉川:だから、穀物をたくさん食べても死なないように、年々改良されているんですね。本来は草食動物で、第一胃には草を食べる微生物を住まわせているにもかかわらず…まるで豚のように穀物に適した体に変化していってるのです。
塩谷:そうだったんですね……。
吉川:とはいえ、穀物を食べている牛は長生きできません。大量の穀物を食べた牛の糞尿の多くは狭い農地に撒かれるのですが…大量の糞尿によって土地が栄養バランスを崩したり、雨で地下水に流れていったり……。しかも穀物を購入し続けるのは、農家にとっても負担です。
塩谷:ううっ…くさそう……。知れば知るほど、牛舎に閉じ込めるメリットがわからなくなってきたのですが……
吉川:自然の形に戻してあげる方が、経営も牛の健康も良くなるんですけどね。
本来、牛は草を食べて、それを糞尿として大地に返して、大地に適切な栄養を戻して生きてきました。
紀元前から、畑作が不可能な気候条件の厳しい土地で人類が生きて来られたのは放牧のおかげです。ヤギや羊を含めて放牧酪農というのは「奇跡の農法」だと思っています。
飢餓問題がある中で、どうして人間が食べる物を家畜にあげているのか?
吉川:そしてもっと広い話をすると、世界の飢餓問題にも関係してきます。
世界の人口の7人に1人が飢餓状態と言われています。でも全世界の農地をあわせると、全世界の人口を養えるだけの穀物が生産されている。生産された穀物がどこに届いているかというと、その半分は家畜の餌になっているんです。
牧草を育てずに、どうして人間が食べられる穀物を買って家畜にあげているのか? 北海道で酪農の現場をはじめて見た時すごく疑問に感じたのですが、長く酪農をやっている人にとってはそれが「あたり前」だったようです。
塩谷:明治時代にはあたり前じゃなかったのに、今はすっかり浸透しちゃっているんですね。
吉川:飢餓の問題もありますが、穀物を輸出している国の環境問題にも影響が出ているんですよ。世界中の穀物生産地帯では大量の水を要するために湖の水位が下がり、地盤沈下を起こしているほどです。
塩谷:それは全然知らなかったです……!
吉川:自国の牛のエサを自国でまかなっていれば、多少はその問題も軽減できるはずです。日本はスイスなんかと比べても放牧する環境として恵まれていますから、「安いから」「効率が良いから」という理由で輸入した穀物に頼るのは良くないですね。
塩谷:国産ビーフといってるものも、お腹の中は全然国産ではないんですね〜。
冬は一切牛乳を取りません!1、2月は完全にお休みモード
塩谷:ありがとう牧場さん、冬は牛も人もお休みしていると聞いたのですが、本当ですか?
吉川:はい。大晦日の朝の搾乳が終わると、すべての牛たちを2ヶ月間休ませます。牛は本来その季節に牛乳を出しませんから…
ですから私たちの仕事も、朝晩の餌やり、水やり、ウンコ出しだけになる。
塩谷:余った時間で何をされてるんでしょうか?
吉川:スキーと、スケートと、スノボーと、スケートですね。
塩谷:(スケートって2回言った…!)
…でも実際、牛乳の出荷がないとすると、経営が安定されないのでは……?
吉川:うちは穀物を買うのにお金を使っていないですしね。それに2013年からは牧場の一角に「しあわせチーズ工房」もつくりました。

吉川:これは「放牧牛の牛乳で作るチーズは美味しい。放牧牛の牛乳を使って山のチーズが造りたい」と、本間くんという男が2009年にやって来てまして。彼と一緒に開いた工房です。
塩谷: この光景、私知ってます!!ハイジ!

吉川:このハードタイプのチーズは、チーズフォンデュにぴったりですよ。

やわらかいモッツァレラチーズもあります。

塩谷:うおおおお……これ、どこで買えますか?ネットでも買えますか?
吉川:ネットでも買えます!

ーーなんということでしょう。大草原の、ハイジのような暮らしだけれども、しあわせチーズはネットで買えるのです。インターネット最高!
そしてチーズだけではありません。
BAKEのシュークリームブランドクロッカンシューザクザクでも、ありがとう牧場さんのおいしい牛乳を使って、中のクリームを作っています。
原宿店では以前ご紹介した十勝しんむら牧場さんの牛乳を、ルミネエスト新宿店ではありがとう牧場さんの牛乳を使わせていただいてます。
ちょっとクリームの味わいが異なりますので、ぜひ食べ比べてみてくださいね!
知らないことを学んだ、ありがとう牧場さんとの出会い。Webサイトでは吉川さんのコラムもダウンロードできるので、ご興味のある方はぜひご覧ください!

ありがとう牧場の吉川さん。色々教えてくださって、本当にありがとうございました。(ちなみに牧場名の「ありがとう」は、牛への感謝を表しているそうです!)
それから数年後。BAKEでは「牧場」について動き始めています。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
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— 株式会社BAKE (@bake_jp) 2016年6月2日