こんにちは。BAKE代表の長沼です。 神宮前の小さなマンションを借りて、1人で始めたBAKEという会社。「東京で、お菓子屋さんのスタートアップを立ち上げる」と言った時には、周囲からは心配しかされませんでした。それから2年経った今、なんとBAKEのメンバーは120人以上に増えました。これは本当に嬉しい限りです。たくさんの方に支えられて進んでこれました。本当にありがとうございます。 上手くいった反面、これまでに失敗した内容たるや、お恥ずかしいことばかりです。ですが、IT業界の方、製菓業界の方、そして第一次産業の方にも、「お菓子屋さんのスタートアップ」として僕らが失敗したこと、こだわっていること、そして作りたい未来があることを知って欲しいと思い、ここでお伝えさせていただきます。
私は北海道の洋菓子屋「きのとや」の家に生まれて、日常的にお菓子の試作品を食べているうちに「将来もずっとお菓子に関係するしごとをしたい!」と思うようになりました。でもパティシエになることより、仕組みをつくることに興味があった。慶応義塾大学商学部に入学し、卒業後は、商社の中で最も製菓部門のシェアが大きい丸紅に新卒入社することができました。それが2010年のことです。 とてもラッキーなことに、大きな丸紅の中でも第一希望だった食品流通部の菓子食品課に配属していただいたのですが、たったの1年で辞めることになりました。本当に良くして頂いたのに、ご迷惑ばかりかけてしまいました。退職後は、すぐに上海にて洋菓子店を開くために動きはじめました。 香港人の投資家が巨額な資本をもって上海に牧場を作り、そこをベースに「北海道ブランド」を掲げたお菓子屋さんをオープンさせようというお話が、父の経営する洋菓子きのとやに来ていたからです。 でも、父の経営する洋菓子きのとやは「地域に親しまれる会社をつくりたい」という強い想いがあります。海外での展開は視野に入っていませんでした。そこで、当時24歳、商社で1年働いただけの自分が引き受けさせていただくことになりました。 そして何ページにも及ぶ事業計画書をパワーポイントで作成し、香港人の投資家に向けて英語でプレゼンをしました。上海に住むつもりで物件を探し、半年に渡って何度も出張しては話を進めていきました。今思うと、ちょっとおかしいくらいに舞い上がっていたかもしれません。 あるタイミングで投資家の方から「あなたは、ケーキ創れるんだよね?」と言われたのですが、ケーキ作りは学んだこともありません。では経営ができるかというと、ビジネスの実績なんて何ひとつありません。商社で学んだのは、簡単な貿易実務や名刺の渡し方程度(1年しかいなかったので、当たり前なのですが…)くらいでした。結局、私の実力がなにもないことが原因で、プロジェクト自体が頓挫することになりました。残ったのは分厚い事業計画書だけで、商談はなくなりました。 今思えば当然の失敗ですが、当時は「絶対成功する!」と信じて疑っていなかったんです。商社を辞めて、商談も破棄されてしまって、でも必ずお菓子屋さんをやりたい。そこで地元の北海道に戻り、父の会社でゼロから勉強させてもらうことになりました。
北海道に戻り最初の任務は、きのとやの新千歳空港店の売上をあげることでした。色々な商品を扱っていましたが、一番売上の悪い店舗でした。その中でも、私自身が小さいときから一番好きであった商品が「冷蔵チーズタルト(ブルーベリー)」でした。なんとかこの商品を使って、販売数を伸ばせないか考え続けました。でも、どう工夫しても1日に50個を売り上げるのが精一杯です。そんな中、シンガポールでの臨時出店時に仕方なくやった「鉄板の上にチーズタルトを並べて販売する」という方法が、視覚的にも嗅覚的にも訴求力が強く、たちまち長蛇の列ができました。
「これだ!」と思って、新千歳空港店でも熱々の鉄板に並んだタルトをその場で箱に詰めてみたところ、たちまち話題になり、テレビでも取り上げられ、1日1000個も売り上げるまでに至りました。 そこで「焼きたてチーズタルト」をより専門店化して、もっと価値を上げたいと思い、札幌に専門店を立ち上げました。そこもすぐに繁盛店となり、大成功と言えるだけの結果が残せたと思っています。
そんなタイミングで、大学時代からの友人がEコマースの運営で成功しているぞ、ということを知りました。インターネットの使いようによっては、店舗で売る何倍も利益を拡大することが出来る…という当たり前の事実に衝撃を受けたんです。これまで実店舗でチーズタルトを販売していたのに、突然Eコマースへの関心が止まらなくなり、きのとや内でひとりデコレーションケーキをオンライン販売する「click on cake」というサービスを立ち上げることになりました。
凝ったデコレーションケーキをネット配送するサービスなのですが、立ち上げるやいなやクレームが相次ぎました。配達途中に多くのケーキが崩れてしまうんです。楽しみにしてくださるお客様に、ひどくがっかりされてしまって、謝罪を繰り返す毎日でした。 ただ、Eコマースの可能性は捨てられず、今度はチョコレートをオンラインでカスタマイズできるサービスを立ち上げようとしました。しかしながら、このまま父の会社内にいては、より素早いビジネス展開は難しいと感じたこと。そして北海道発でより大きいマーケットに挑戦するためには、北海道にいては難しいと考えるようになりました。 そこで3年間お世話になったきのとやを辞めて、ひとり「株式会社BAKE」として独立することに。札幌ではなく、裏原宿(キャットストリート裏)に家賃14万円のマンションを借りました(もちろんオフィス兼住居で…)。「原宿発・チョコレートのスタートアップカンパニー」というキャッチコピーを掲げたかったのです。
「click on cake」を細々と運営しながらも、狭いオフィスでカスタマイズチョコレートの試作品を作り、明日サービスを発表しよう! というタイミングでした。知り合いのコンサルタントから「やっていることがぶれているぞ」と歯止めをかけられます。
それもそのはず、1つめのサービスも軌道に乗っていないのに、次々と立ち上げて力を分散させるべきではなかったんです。公開直前のチョコレートのカスタマイズサービスは結局取りやめ。「click on cake」の継続を模索することにしました。
とはいえ資金がどんどん減っていき、マンションの1室をAirbnbを利用してバックパッカーに貸し出すことにしていました。そこにたまたま泊まりに来てくれたのが、マックという21歳のアメリカから来た男の子です。幸運なことに、彼はシリコンバレーでも活躍していたエンジニアで「何か手伝えることはある?」と言ってくれました。21歳のマックは、驚くほどに即戦力でした。
Eコマースでケーキを販売する…という軸はぶらしたくはありませんでした。そこで色々調べていくと、「写真ケーキ」というニッチな商品に辿り着いたんです。それまでにも、ケーキに写真プリントをするお菓子屋さんはありましたが、どこもメールでパティシエの方と直接やり取りをしていたりと、あまりシステム化されていませんでした。 そこで、iPhoneアプリで写真をアップロード・加工し、そのまま注文までできるサービスはどうだ!と、ダメもとでマックに聞いてみたところ、「1週間で作れるよ!」という返答。そしてなんと、彼は本当に1週間で、PICT CAKEというサービスを形にしてしまいました。
サービスを開始するやいなや、どんどん注文が入りました。従来の他社サービスよりも使いやすかったからでしょう。 今では、年間4万件のオーダーを受注する大きなサービスに成長しました。1日100以上のデータが日本全国から送られてきます。Eコマースの可能性に衝撃を受けて立ち上げた「お菓子のスタートアップ」として、初の成功でした。 ただ、悲しいことにマックの就業ビザがおりず、彼とはそれ以上日本で一緒に働くことができませんでした。まだ若くて、就労経験が少なかったからです。でも、もし彼がバックパックで偶然僕らのマンションに来ていなければ、こんな速度でサービスを軌道に乗せることは不可能だったと思います。奇跡的なタイミングでやって来てくれたマックには、本当に本当に感謝しています。(彼は今、タイのバンコクでリモート作業をしてくれています!)
その後、実店舗にも力を入れていきました。新宿ルミネESTの1階に縦長のシュークリーム「クロッカンシュー ザクザク」をオープンし、同時に自由が丘に「BAKE CHEESE TART」をオープン。ルミネ大宮店にも展開しました。どの店舗も行列が途切れないほどの人気店に成長しました。
オンラインでも実店舗でも、必ず守っているルールがあります。それは「1店舗1ブランドにして、イメージを明確にすること」「どれだけ原価率が上がっても、新鮮で美味しい原材料を仕入れること」「積極的にテクノロジーを導入し、優秀なパティシエ一人に依存しないような生産ラインを保つこと」 などです。 気がつけば、デザイナー、エンジニア、企画、広報、店舗スタッフ……多くの仲間がWantedlyや口コミで集まって来てくれました。BAKEから更に独立して、新規の食ビジネスを立ち上げた仲間もいます。あっという間の2年でしたが、環境は急激に変化しました。 失敗談とビジネスの話ばかりになってしまいましたが、一番重要なのはもちろん味。実は現在も、常にアップデートしながらお菓子の制作方法を修正しています。 日々アップデートする、という方法はITビジネスにおけるグロースハックの考えを取り入れたものです。これからはABテストを用いた原材料の選定や、最も美味しい卵が排卵される時期の分析など、よりデータに基づいた美味しさの追求に力を入れていきたいと思っていますし、それが「お菓子のスタートアップ」である僕らの使命だとも考えます。
BAKEのコンセプトは「お菓子にもっと新しい価値を」。 でも僕らが変えたいのはお菓子そのものではなく、日本の製菓業界の在り方、ひいては第一次産業のビジネスモデルです。 驚くべきことに、製菓業界は経営者の95%がパティシエ出身です。彼らのお菓子作りへの情熱は尊敬に値する一方で、ビジネス的側面から製菓業界に入ってくる人材がほとんどいない。つまり、経営ですぐに解決できることが、解決されないまま放置されていることが多いのです。いくら美味しいお菓子が作れても、流通や宣伝といった部分で他の業界に大きく遅れを取っているのが、製菓業界の現状だと思います。 製菓メーカーが新鮮で美味しい原材料を仕入れるにも、そこには旧態依然とした業界の壁がいくつもあります。牛乳を仕入れるというシンプルな目的でも、牧場→農協→某大企業→乳業メーカー→中間流通→BAKEという流れになってしまい、新鮮で美味しいものがなかなか手にはいりません。 そして牛乳や卵を作る第一次産業の方も、消費されるかわからない食物を日々生産し、それを安値で流通させてしまう。労働対価が異常に低いんです。 「お菓子のスタートアップ」をビジネスとしてスケールさせていくことで、僕たちは日本の製菓業界、そして第一次産業の収益構造を変えられる、と思っています。スタートアップに出来ること、例えば、自社のメディアを持って情報を発信すること。エンジニアと協力してアイデアフルな店舗をつくること。インターネット経由で直接原材料を仕入れること。自社で牧場を持ち、素材をグロースハックの考え方で育てること。やりたくてまだ出来ていないことは沢山あります。 BAKEはまだ3年目に差し掛かったばかりの若い会社です。でも、仲間は120人以上に増えました。失敗と挑戦を続けていくことで、お菓子に関わるみんながワクワクするような、新しい価値を見出したいと思っています。それが僕らのミッションです。
THE BAKE MAGAZINEでは週に2回、食や農業、デザイン、サイエンス、テクノロジーなどにまつわる記事を発信したり、BAKEの活動や働く人たちのストーリーをお伝えしています。
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— 株式会社BAKE (@bake_jp) 2016年6月2日