現役デザイナーに「デザインをやり続ける理由」を聞いたらエモい答えが返ってきた #なんデザ イベントレポート【有馬トモユキ×オオタタカヤ×吉田直記×小野澤慶】

2018.12.25

忙しい毎日。減らない仕事。
くたくたの身体を引きずって、時には終電で帰る日々。

「あれ……私、なんでこの仕事やってるんだろ……」

そんな疑問を飲み込みながら、朝が来れば会社に行く。

キャリア設計が多様化し、同じ職種でも様々な働き方がでてきた現在では、「どんなキャリア選択が正解なのか」一言で言い表しにくい世の中になっています。

そしてその波は、デザイナー業界にも。

12月5日に開催された『なんでデザイナーやってるの? 〜 思い描いていた自分を思い出すために。 vol.2』は、実績も実力も兼ね備えた現役デザイナー4名が、キャリアについて赤裸々に語るトークイベント。

外からは活躍して見える成功者にしかみえない人であっても、駆け出しの時期があり、キャリアで悩んだ経験があり、それでもデザイナーを続けている理由がある。現役デザイナーがどんな気持ちで、どんなキャリア選択をしてきたのか。

年齢も、出身も、経歴も。すべて異なる4人の生の声をお届けします。

登壇者

有馬 トモユキ
日本デザインセンター/アートディレクター

オオタタカヤ
TKY+LAB & DESIGN inc./デザイナー

吉田直記
DONGURI/アートディレクター

小野澤 慶
BAKE / WEBディレクター、デザイナー兼フロントエンドエンジニア


デザインは素晴らしい(有馬)


有馬 トモユキ
日本デザインセンター / アートディレクター
日本デザインセンター所属。音楽レーベル・GEOGRAPHICクリエイティブディレクター。
SFサークル・DAISYWORLD主催。武蔵野美術大学基礎デザイン学科非常勤講師。コンピューティングとタイポグラフィを軸として、グラフィック、Web、UI等複数の領域におけるデザインとコンサルティングに従事している。著書に「いいデザイナーは、見ためのよさから考えない」(星海社新書)がある。
Twitter:@tatsdesign

切実な動機をもって仕事をする

僕は関わる仕事を、支持の表明だと思っています。デザイナーというのは、応援したい人を選べる立場なのかもしれません。だから僕は、デザインで誰かが高みに上るための手伝いをしたい。

僕自身が素直に感動できる人や製品のために、純粋に人を感動させたいと思っている人たちと仕事をしたい。そんなことを考えて仕事をしています。

以前、気鋭イラストレーターの表紙をデザインしたのですが、画集の目次に赤を使いました。「この絵には赤が合うから」という理由ではありません。作家自身の未来を考え抜いて、思いを込めて生命賛歌の赤を使わせてもらったんです。

2枚目はイラストレーターの絵には赤色が使われていなかったため、議論を生んだ表紙。

僕にとっては作家の未来に寄り添う切実さがデザインするうえで、大切な動機になっています。仕事だから、会社員だから、という理由や「なにかしなきゃ」という義務感ではなく、自分のなかの切実な欲求に従ってデザインをしたいと思っています。

相談されたからにはフルコミットで仕事をするという姿勢は絶対的に正しいです。しかし、「何をするべきか」も大切ですが、同じぐらい「何をしないか」というのも大事にしています。

相手にとって必要ないものならお断りすることもあります。それが僕にとって「人に対してものを作ること」なんですよ。

僕がデザインを選んだ原体験

「この漫画のロゴはなんで格好いいんだろう」「あの直線は良くて、この直線はカッコ悪いのはなんでだろう」

そんな幼少期の疑問が、デザインという言葉を知って解消されて、新しい世界が開けた気がしました。

僕が初めてデザインラフを描いたのは、1999年の10月、15歳の頃でした。僕は新しいことを知るのがすごく好きで、デザインは僕に新しい世界を教えてくれる存在です。

だから僕はデザインをやり続けていますし、初めてデザインを知った15歳の時から何も変わっていないと、自分では思っています。

枯渇とは無縁でいる

僕はデザインにおけるルールや「べき論」が得意ではありません。ルールに従うより、ルールの中でどう創造的にやるかと考えています。例えば「紙をやめたらどうだろう」とか「Adobeのソフトを使わなかったらどうだろう」とか。

そんなことを考えてる中で、僕は今、「人工言語をつくる」というささやかな夢を抱いています。アイコンを使ってコミュニケーションをとって、言語の壁を越えられないかな、と。

最終的には仮想空間で相手の国・言語がわからなくても「今日やり取りした人すごく楽しかったね」といえる空間ができたらいいですよね。

もしそれができたら、人が人に対して思うマイナス方向のイメージの最後の要素を剥ぎ取れるんじゃないかな。僕はずっと誰かが何かを伝えることについての手助けをしたいと思っていて、もしこの夢が叶うのなら、僕もデザインに貢献できたのかもしれません。


デザインを続けるために、最良の選択をしたい(オオタ)

オオタタカヤ
kern inc. / デザイナー
kern inc. 代表。立教大学経営学部卒業後、株式会社monopo、株式会社ペロリのアートディレクタを経て、2017年に独立。PKSHA Technology, polca (CAMPFIRE), LIPS (AppBrew) などスタートアップと協業しアイデンティティ・デザインを行う。
Site:TAKAYAOHTA.com Twitter: @198Q

はじめて誰かから「すごい」と言われた

僕は今、デザインの中でも「思想を意匠に変換する」仕事をしています。一般的にコーポレート・アイデンティティ(以下、CIと記載)やブランド・アイデンティティ(以下、BIと記載)と言われる分野です。

大学1年から始めて、仕事で独立して8年近くデザインに関わっています。美大卒でもない僕が、なんでデザインをやっているか。

19歳までの僕は、どうやって人と通じ合えばいいのかわかりませんでした。友達もいなかった。

初めて自分でデザインしたフリーマガジンを見せたら、「お前、こんなこともできるのか!」ってすごい驚かれたんですよ。それがとても衝撃的で、どんどんデザインにのめり込んでいきました。

デザインを通して人と繋がることができる」という原体験が、今もデザイナーとしての僕を支えているんだと思います。

とはいえ、学生時代の自分は「職業=デザイナー」という選択肢は思いつきもしませんでした。就職活動のタイミングを逃したのもあるのですが、「結局はデザインしかやりたいことがない!」という理由から、デザイナーのキャリア第一歩を踏み出しました。

悪夢は、2か月間何もつくれない状況

大学卒業後は、デザイン事務所に就職し、CIやBIのデザインもその頃はじめました。その後、女性向けメディアを運営していた事業会社に転職しました。

制作会社と事業会社の違いは、まず関わる人数の多さです。打ち合わせが増えましたが、締切までのタイムラインも長くなりました。あと嬉しかったのは睡眠時間が増えたこと(笑)

そして、デザイナーにとっての悪夢は突然やってきます。2016年に所属していた事業部でサービスが止まりました。2か月間まったくデザインができず、悪夢のような状況が続きました。

当時僕は26、27歳、同年代も転職したり活躍してるのを見て、苦しかったです。僕だけ何もできてない、停滞している。絶望です。

この期間、会社も仕事もキャリアも行き詰まって、キャリアについてとことん悩んで考えました。結果わかったんです。「デザイナー以外にはなれないんだな」って。

僕はデザインを続けるために、独立することを選びました。

僕が選んだデザイン

今僕が大事にしているのは「デザインを続けるために、常に最良の選択肢をとる」というスタンスです。

美大出身でないことに、悔しい思いをたくさんしたし、嫉妬することもありました。けれど「デザインを続けるために、どの領域を選択するか」を考えるようになって、楽になれたんですよ。

CI・BIの分野をメインにしたのは、同年代のプレイヤーのなかで、この分野の席が空いていたからです。そして僕はこの分野なら打ち込むことができた。

「デザイナーはかくあるべし」という意見もよく聴きます。これらの主張は類型化して分類できますが、そこに至るまでの過程や経験は人それぞれです。類型化された誰かの意見に息苦しくなっている人にとって、僕の経験が参考になれば嬉しいです。


「できない」ことを認める(吉田)

吉田直記
DONGURI / アートディレクター
東京造形大学デザイン学科グラフィックデザイン専攻卒業後、デザイン会社に3年勤務、2014年にDONGURIへ入社。視覚表現のスペシャリストとして、web/プロダクト/グラフィックまで、表現探求に深くコミットしたクリエイティブをマネジメントしている。
Twitter:@naoki_yoshidaa

描きたいけど表現したいものがない学生時代

僕は今、DONGURIという会社で、イラスト表現を主とした案件を多く担当しています。自社のコーポレートサイトのデザインも担当させてもらっています。

僕は絵を描くことが好きな子どもだったんです。小学校高学年から中学まで絵画教室に通って、美術系の高校、美大の順に進学しました。上手な絵を描けるようになったのですが、僕には表現したいものが見つかりませんでした。

周りの人は表現をしたくて描いているのに、僕にはそれがない。この劣等感が、僕の原体験になっています。

なりたいデザイナー像が見えた学生時代

美大時代は、フリーマガジン作りを中心に、学外の活動にのめり込んでいました。美大の課題は「自身のやりたいこと」が起点になるものが多く、頭を抱えていましたが、フリーマガジンは目的が明確ですし、ビジネス領域と重なりながらデザインをするのが楽しかったんですよね。

一般大学の学生が運営する学生団体にも所属し、一般大学の人とチームを組みながらものづくりをしていく中で、自分の中で、世の中のコミュニケーションをデザインの力で最適化する、という「デザイナー像」が固まっていきました。

大学卒業後は3年間制作会社でwebデザインを学び、DONGURIに入社。デザイナーとして働き始めるのですが、周りの成長速度についていけない日々でした。

僕は一度制作に集中し始めると、没頭してしまい、周囲とのバランスをうまく取れないことが多くありました。

一方でDONGURIには、デザインの実力も申し分ない上にディレクションもできる人がいて。「理想のデザイナー像」には、どれだけあがいても近づけない。

僕はDONGURIで働き始めて5年になりますが、そんな状況から抜け出せたのはここ1年の話です。

「できないこと」ではなく「できること」を見つめる

今思うと、自分が描いた理想像に対して、盲目的にあこがれていたんだと思います。そもそも「社会や人のコミュニケーションのバランスや、文脈を理解して最適解を導く」という工程が苦手なんだと自覚しました。

そこで、伸びしろのない部分は「できないこと」として自覚し、自分の「できること、求められていること」に注力することを決めました。そして他者から見ても分かりやすい得意領域・興味範囲を自分で設定することで、「できないこと」ではなく「できること」を、以前よりも客観的に見つめられるようになりました。

僕が今注力しているのは「視覚表現」の領域です。日々の仕事を通して、自分の行動が「視覚表現のスペシャリスト」に近づける行動なのかを考えるようになりました。スペシャリストとしてのスキルセット習得はもちろん、「できること」を相手に発信するように心がけています。

周囲に「できること」を発信していくことで、求められる仕事や関われる領域も変わっていきました。

Red&Raw キャットフード パッケージデザイン

特に得意分野を活かせる仕事も増えたように感じます。

僕の20代は、「理想のデザイナー像」を追い続ける日々でした。その中で自分には「できないこと」がたくさんあると知りました。30歳になった今は、「できること」を生かすデザイナーになろうとしています。デザイナーとして、ようやくスタートラインに立つことができました。

直接自分を介するコミュニケーションが苦手で、それを明確に「できないこと」と認めるのに時間がかかりました。そんな僕にとって、デザインは社会に関わろうとするプロセスそのものです。”もの”を通じて社会と関わる距離感が丁度いいんです。

どうすれば自分が、社会とよりよく関われるのかを考えている限り、デザイナーをやめることは無いと思います。


言語をひとつ覚えたら世界が広がった(小野澤)

小野澤 慶
BAKE / WEBディレクター、デザイナー兼フロントエンドエンジニア
学業終了後、大手プロバイダーにて3DCGソフトを使ったキャラクター業務の傍ら、web制作の業務に携わる。 退職後はweb制作会社にてデザイン、フロントエンドを担当し、HTML、FLASHを使ったサイト制作やアプリ開発に従事。 株式会社BAKEに2016年11月入社。ブランドサイトのディレクションやテクニカルディレクター、キャンペーンサイトのデザイン、サイト構築、フロントエンド業務を兼任している。
Twitter:@keichup

大好きな作品には、必ず「作り手」がいる

高校時代に、『マクロスプラス』というアニメを見て衝撃を受けました。なぜ、こんなにもすごいアニメーションが作れるのか。こんな素敵な音楽、ストーリーは誰が作っているのか……。そんな疑問を抱くようになり、『作り手』という存在が気になりはじめました。

自分もなにか作ってみたいと思うようになり、高校卒業後は専門学校で3D技術を学びました。ここで学んだ技術は今も役立っています。

最終的に「WEBでやっていこう!」と決意したのは、roxikの城戸さんが作られたサイトとの出会いです。

デザイン、アニメーション、3Dのモデリング、それにプラスして、言語、スクリプトでの表現の可能性をまじまじと見せつけられ、「こんなサイトが作れたら」と思いました。

転職先で待ち受けていたもの

働き出してからしばらくは、WEBの部署で3DCGソフトを使ったキャラクター制作をしていました。その後WEB制作会社に転職するのですが、当時世の中がAS3(ActionScript3.0)という言語一色になってしまったんですよね。

AS2(ActionScript2.0)でも難しいのに、AS3を習得するのはかなり苦しみました。

当時僕は28歳で、転職先では22,23歳ぐらいの子がAS3で実験的なサイトを作ったりしていて。才能ある年下との人間関係には苦労しました。正直言うと泣きましたね…。

当時は毎日のように綺麗なソース、素敵なクラスで書かれた面白いサイトや、キャンペーンサイトがリリースされていました。サイトを見ては「なんでこんなに天才多いんだ!」と悩んだりして。

そんなときに尊敬している先輩が「とりあえず動いていればいい」と言ってくれたんですよ。目が醒めるような言葉でした。今思うと、頭でっかちになっていたんだと思います。

開き直ることができた分、言語以外のアナログな手づけで動きをつける部分だけは負けたくない。いつかスクリプトで動かしつつ、細かなアニメーションの表現のできるWEB人間になってやる!という熱意だけで仕事をしていました。

インハウスデザイナーになって見えたもの

WEBは僕にとって「大切な箱庭」なんですよ。

子供の頃から憧れてきた、ゲーム、アニメーションを作ったり、要素を組み合わせることも、Webならできる。僕がどうしてこの仕事を続けているかというと、何かを自分の手で、しかもデジタルを使って動かすことが好きだから。

といっても、制作会社だと自分の思い通りにつくる機会はそんなに多くありません。そういう状況を打開したいと思って、BAKEにインハウスデザイナーとして転職しました。

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BAKE CHEESE TARTのサマーパッケージ特設サイト:https://cheesetart.com/lp/summer2018/

インハウスデザイナーの醍醐味のひとつに企業ブランディングというのがあります。僕は企業ブランディングについて、企業内の人間がやることが重要だと思っています。

社内のメンバーが同じ価値観を共有して、進んでいくことで、企業そのものを好きになってもらう。その中で、足りないこと、難しいことを解決するときに、インハウスデザイナーっていう仕事が生きてくるのだと思います。

デザイナーには一人ではなれません。今思うと、色々な方が、自分の行く先々で手を差し伸べていてくれました。

今後は、インハウスのデザイナーとして、企業の課題解決に必要なデザインを考えて、提案していくことに注力したいですね。




「デザイナー」と一言でくくっても、それぞれの動機があり、悩みがある。

第一線で働く現役デザイナーの赤裸々な本音が話されたイベントでは、たくさんの感想が寄せられました。
Twitter上で「#なんデザ」で呟いてくださった皆様ありがとうございました!

最後は笑顔で集合写真!

左上から登壇デザイナー陣:吉田さん、有馬さん、太田さん、小野澤さん

右下から【企画・運営】なんデザ実行委員会

ミナベトモミ(@tomomiminabe)/DONGURI(https://www.don-guri.com/
吉竹 遼(@ryo_pan)/よりデザイン(https://yory.design/
渡邊 浩樹(@watanabeeeeee)/Connective(https://connec-tive.com/

みなさま、本当にありがとうございました。

credit

文:檜山 萌子(@mek_sake
写真:永井大輔(DONGURI)
編集・写真:名和実咲(@miiko_nnn
カバー画像:吉田直記(DONGURI)


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